ずっといっしょに 3 地獄の講義と失恋したばかりの生傷に塩を擦り込むようなノロケと、それから今週末から始まるテスト。 プラス早起き。 「寒ぃ･･･。」 人気のまばらな朝の構内で俺はげんなりしながら呟いた。 ここまで嫌なことが重なると、登校拒否でもしたい気分だ。 かといって単位を落とすのは嫌だからしぶしぶ授業には出るんだけど。 教室までの道のりを足取り重く歩きながら、それでも俺は彼女がいつもみたいに来るのを待っていた。 例え自分の手に入らなくたってそれはそれ。 可愛い女の子はいるだけで目の保養になるもんな。 少し未練がましい自分に苦笑しつつ、俺は席につく。 俺の方が先に着くのって珍しい。 どうしたんだろう？なんて思っているうちにチャイムが鳴り、講義は始まってしまった。 結局その日、彼女は教室に現れなかった。
	「うーん･･･。」 放課後、今日の授業を全て終えバイトに行く直人の後姿を見送りながら、 俺は一人何とも言えない気分を抱えていた。 彼女が講義に出なかった、ただそれだけだ。 だけど、あの評判の悪い授業を好きだと言い切って皆勤賞。 そんな彼女がテスト範囲発表の一番肝心な時に出てこないなんて･･･ないよな？ 今日なんか普段来ないやつまで来てたくらいだ。 もちろん、その辺りは目ざとい教授に捕まって追い出されてたけど。 どっかで連絡がついてればいいんだけど、と心配をしてしまう。 ま、どっちにしろ俺がそこまで関わることじゃないのかもしれない。 あんまり寒くならないうちに用事は片付けておかないとな。 テスト前にまできっちり課題を出してくれた鬼教授を恨みながら、俺は図書館棟へと向かった。 冬の夜は早くて、まだ５時前だというのに傾きかけた夕日が構内を茜に染めていた。 建物も木も人も、どれも影が長く伸びている。 それでもこの時間、まだ早いから人は多い。 サークル入ってる連中もいるし、単にカフェテリアで友達としゃべってるだけの奴も。 そんな中に紛れて一人ぽつんと屋外のベンチに座る人影に気付いた。 視界の隅にちらっと映った瞬間、はっとする。 見覚えがあった。 彼女だ！ 何でこんなとこに？と思うより先に体が動いていた。 「やあ、今日、授業出なかったけど、どうしたの？」 声をかけると一瞬びくっとしてから、のろのろと彼女が顔を上げる。 「･･･あ･･･一ノ瀬･･･くん？」 「！？」 彼女の声はひどく掠れていた。 それだけじゃない。 目は真っ赤で腫れているし、それ以前に生気がないって感じだった。 「ど、どうしたんだよ、それ！？」 思わずこっちが動揺する。 「うん･･･ちょっと･･･。」 「ちょっと、って顔じゃないだろ！」 言ってからしまったと思った。 人に言いたい話じゃないんだろう。 そもそも俺に見られたのだって嬉しくないかもしれない。 でも彼女は弱弱しい笑みを浮かべると口を開いた。 「うん･･･ホントにちょっと、だよ。･･･私ね･･･昨夜･･･振られちゃったぁ･･･。」 話しているうちにも見る間に彼女の目に大粒の涙がたまっていき、零れ落ちる。 「なんだよ、それ！」 振られたってアレだよな。 この前付き合い始めたってばっかりの彼氏！ 「もう･･･飽きたから、って。私のこと好きじゃなくなった･･･って。 ひどいよね･･･。」 それでも必死に泣くのを堪えようとして話す彼女を見ているのが辛かった。 だけどかける言葉が見つからない。 「向こうから･･･何度も付き合ってくれって言ったのに･･･なのに･･･。」 そこまで言って押さえがきかなくなったのか、 彼女はわぁっと声を上げて泣き、俺の胸にしがみついてきた。 こんな時に好きだった相手に抱きつかれてどういう反応をしていいんだか。 彼女の柔らかな体に、こんな風に触れたかったわけじゃない。 いたたまれない気持ちとか、相手への怒りとか、 色んな思いが綯い交ぜになって俺は彼女を抱きしめた。 ここが構内で、人通りが多いとかそんな事はどうでも良かった。 腕の中で声をあげてしゃくり上げる姿が痛々しい。 先週まであんなに幸せそうにしてたってのに、なんでそんな酷い振り方するんだよ？ 付き合ってみて合わなかったっていうんだって、もっと他の言い方があるだろう。 「ん？」 言いようのない憤りに打ち震えた時、俺は何か違和感を感じた。 抱きしめた彼女の髪からいつもと違う香りがする。 洗いたての石鹸みたいな匂い。 どこかで覚えのある香りだった。 少し考えて思い当たる。 「･･････うそだろ･･･」 否定の言葉を口には出してはみたものの、直感がそれは当たっていると告げていた。 そういえば、彼女が語った「彼氏」はまさしく俺が知る人物そのものだった。 辺りが夕闇に沈んでも、俺は彼女を抱きしめたまま呆然として立ち尽くしていた。 　BACK　　NEXT ＳＳＴＯＰへ