| ずっといっしょに 2 |
「彼氏出来たんだー。」
･･･ってな事を、好きだと思ってた相手から聞かされて嬉しいヤツはいない。
「あ、そう。」
むしろ、どん底だ。
「ひどーい！一ノ瀬君って相変わらずそっけないよね。」
当たり前だ。
楽しく聞ける話じゃない。
それでもどうにか何でもない振りをしてみる。
「はいはい。ノロケを聞いてくれって？」
「うん。」
屈託なく返されて俺は机に肘をついて小さくため息をついた。
また来週、そう言って別れてからたった一週間後だってのに、
彼女と俺を取り巻く環境は１８０度変わってしまっていた。
多分、俺が知らなかっただけなんだろうけど。
片思いで失恋ってきついよな。
とりあえず、楽しい話を聞いてほしい友達、程度のポジションなんだろう、俺は。
地獄の講義の前に何が悲しくてこんなことに･･･。
泣きたいような気分を堪えながら、彼女の会話に付き合うことにした。
「何？前から好きだったやつとかなわけ？」
ノロケたいっていうなら馴れ初めでも聞いてあげたらいいんだろうか。
「うーん･･･ううん、違うの。前から好きだった人はいたんだけど、
それが凄いそっけなくてね。私に全然興味ないみたいだったんだ。」
「あ、そう。」
勿体無いヤツ。
俺と代われ。
「それでね先週、急に別の人から“前から好きでした”って。」
少し照れくさそうに彼女が笑った。
染まった頬が･･･くそっ、可愛いぜ。
「で、そんな急に言われて付き合うことにしたわけ？」
「まさかぁ！最初は断ったんだよ。カッコいい人だったから、顔だけは前から知ってたけど。」
「ふーん。」
人のノロケって聞いても楽しくないもんだな。
「でもね、何度も付き合ってくれって言われてるうちに、それもいいかなーなんて。
だってすごい優しいし。」
「ま、よかったよな。」
「うん。それでね、それでね･････････」
それから、講義が始まるまでの２０分間、俺は延々彼女のノロケを聞かされる羽目になった。
彼氏が優しいだの素敵だのプレセントくれただの･･･。
おかげでこの日ばかりは地獄の講義開始のチャイムが救いの鐘の音のごとく聞こえたものだった。
その日の帰り、バイト先の友人にまでそう言われた。
そりゃ元気も出ないって。
「色々あるんだよ。飲みたいから付き合ってくれる？」
「やだ。」
「ひでぇな、即答かよ？」
「だって、一ノ瀬の方から飲みたいって言うときってロクなことないぜ。」
「そうか？」
「理由も言わずにひたすら飲みまくって潰れるだろ、お前。」
「う･･･。」
返す言葉もない。
理由は大概言えないというか直人絡みが一番多いというかで、黙って限界まで飲んじゃうんだよな。
「酒無しなら付き合うけど？」
一応気遣ってくれる言葉に苦笑した。
「いや、いいよ。大丈夫。」
別れ際にもう一度心配してくれたそいつに、心の中で感謝しながら俺は寮へと向かった。
冬の夜の寒さが重い心と足取りに拍車をかける。
このまま帰っても何もする気になれないし、眠れそうもない。
少し歩いて立ち止まり、ため息をつく。
そんな事を何度か繰り返した後に、俺は駅前から少し離れた住宅街の街灯の下で立ち止まった。
古びた蛍光灯は点滅を繰り返し、それが一層物寂しい気分を煽ってくれる。
こういう気分の時に何も聞かずに付き合ってくれる相手が1人、いることはいる。
ただ、おそらく誰かと一緒にいるだろうそいつを呼び出すのは気が引けた。
悪いかなあ。
でも、俺が落ち込んでる責任の何分の一かはあいつにもある！と
半ば逆恨みちっくな感情に後押しされて携帯を取り出した。
アドレス帳から呼び出すより、着歴のほうが早い。
見慣れた“直人”の名を押すと、２コールもしないうちに相手が出た。
「よ、しんちゃん。どした？」
相変わらずの軽い調子になんだかほっとする。
直人の声の後ろでは軽妙な音楽が流れていた。
やっぱりどこか外にいるんだろう。
「うん、ちょっとな。今、暇か？」
「なんかあった？声、元気ないけど。」
気遣ってくれる声がひどく優しかった。
女の子がこいつになびく気持ちがちょっとわかるようなわかりたくないような･･･。
「別に大したことじゃないんだけど、ちょっと飲みたくてさ。」
「そっか。すぐ行くよ。今どこ？」
直人は理由を聞かなかった。
ちょっと待てとも言わなかった。
そんなちょっとした事が弱った心にはあざといくらいに沁みてくる。
「今、駅のそばだけど、お前は？」
「俺もそんなとこ。じゃ、１０分後に駅でいいかな。」
「うん。」
電話を切った後、俺は携帯を眺めて小さく呟いた。
「直人、サンキュ。」
それからほんの数分後、俺達は駅で落ち合ってどこにでもあるチェーン店の居酒屋へ向かった。
まだそう遅い時間でもないせいか、店内は随分人で賑わっていて満席に近い状態だった。
それでもたまたま通されたのはカウンターじゃなくて個室っぽい造りの部屋だった。
人が２，３人座って一杯くらいの小さな掘りごたつ式のテーブル、
隣とは高い敷居で隔てられていて少し隔離された部屋って感じだ。
わいわい騒いで飲みたい気分じゃなかったから、ありがたい。
俺は直人が手際よく注文しているのを、メニュー片手にぼんやり眺めていた。
「ほら、いつまでぼーっとしてるんだよ？大体揃ったぜ。」
気付くとテーブルの上には酒とつまみがいくつか並んでいた。
言われてようやく俺はそれらに手を出す。
「うん。」
さっき友人に指摘された通り、無言で飲み始めてしまった俺に直人は特に何も言わなかった。
同じように黙ってグラスに口をつける。
遠く聞こえる喧騒をBGMにしながら、朝の出来事へと思いを馳せた。
彼女の楽しそうな顔を思い出す。
あーあ、やっぱり当たって砕けておけば良かった。
後から来た誰かに掻っ攫われたかと思うとくやしい。
反面、俺がそんなことしたら裏切られた！とか言い出しそうな直人の事を考えると
やっぱりしなくて正解とも思える。
直人とは腐れ縁だけど、こんな時他の事情を全部放って来てくれる。
やっぱりかけがえのない親友だ。
少なくとも黙って一緒にいるだけで、“気まずい”じゃなくて“心地よい”と思える程度には。
今の俺にとってそれを捨ててまで手に入れなきゃいけないものなんてきっとない。
うん、良かったんだよな、これで。
俺はどうにかこうにか心の整理をつけることが出来た。
それもこれも直人が一も二もなくすっ飛んできてくれたおかげだ。
持つべきものは友達だよな。
ふと向かいの席に目を向けると、俺と同じようにグラスを傾けていた直人と目が合った。
「大丈夫か？」
かけられる声が甘い。
普段ならマズイと思って引くところだけど、今だけはそれが逆に心地良かった。
「大丈夫だって。つき合わせて悪かったな。」
「俺はしんちゃんが付き合えって言うんならいつでも平気だぜ？」
「うん、サンキュー。」
考え込んでいるうちに結構な時間が経っていたのか、
いつの間にか隣からの声は聞こえなくなっていた。
テーブルの上の料理も酒もほとんど空いている。
結構飲んだな、俺。
でも皿の数を数える余裕もあるし、今日は潰れるほど飲まずに済んだみたいだ。
「そろそろ行こうか。」
俺が切り出すと直人は少し意外な顔をした。
「もういいのか？」
「うん。すっきりしたし、平気だよ。」
「じゃ、帰ろうぜ。」
「うん。」
潰れるほどは飲まなかった。
けど立ち上がった瞬間、足元が沈むような感覚に襲われる。
板の間だから素面だったら有り得ないんだけど、蒟蒻の上に立っている様な不安定さだ。
「おいおい、危なっかしいなあ。」
半ば呆れた声と共に手が伸びてきて、強引に腕を肩に回される。
「平気だってば。」
強がりじゃなく本当に、蛇行しないと歩けないほど酷くはない。
そんな俺の抗議を無視して直人はそのままレジへと向かっていった。
「直人！本当に歩けるって。」
店を出た後も俺は半ば直人に引きずられる格好だった。
忘年会にはまだ早いこの時期、潰れるほど飲んでもないのにこれはちょっと恥ずかしい。
「だけどさ、しんちゃん･･･」
「うん？」
直人の声がやたら近い。
肩組んでるんだから当たり前だけど、すごい耳元で声がした。
「こういう時でもないと、堂々とくっついて道歩けないだろ？」
「うん、まあ･･･。」
確かに。
直人が腕組んできてもさすがに街中じゃ、振りほどくしな。
「もう少しこのままでいたいんだけど。･･･いいだろ？」
そう言われると、もう嫌だとは言えなくなった。
何より今日直人が来てくれたことが嬉しかったから、
こんなもんでいいならいくらでも、という気分だった。
「うん、わかった。」
そのまま直人に身を預けて目を閉じる。
寒い冬の夜だったけど、近くに感じる直人の体温が温かかった。
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