| Christmas to you. |
街中を色とりどりのイルミネーションが飾っている。
見渡す限り、赤や緑でひしめきあう世界。
陽気な、又はロマンティックな音楽が鈴の音と共に流れ続けている。
クリスマス。
正確には今日はイブなんだから、本番は明日のはずだけど。
何故か皆騒ぐのは前日なんだよな。
明日でいいと思う。俺はそう思う。ていうか、信じてもないのにクリスマスなんて祝わなくていい！
やっと完成した課題のレポートを提出に行くところだった。
校内は既に人気がなく、節電なのか照明も大分暗くなっていた。
沈みかけた夕日が窓からわずかに差し込んで廊下の所々を照らしているのが、
物寂しい気分を倍増させる。
俺は教授室の前に置かれた“課題はここへ。氏名の記入を忘れずに”という紙が貼ってある
そっけないダンボールに、半ば以上投げやりな気持ちで課題を放り投げた。
「？」
違和感があってダンボールの中を覗いて見る。
なんだか数が少ない気がするな。
途中で諦めて単位を落とした連中多数、ってことなのか？
諦めたくなるような課題だったのは確かだけれど、終わった俺には関係の無いことだ。
用は済んだとばかりに立ち去ろうとした時、薄暗い廊下の向こう側から一人の女の子が歩いてきた。
「あれ？一ノ瀬君？」
同じ授業を選択している子だった。
「あ、今提出？」
「そうなの。時間かかっちゃって。なかなか面倒だったよね。」
苦笑しながらその子が髪をかき上げる。
ふわり、とシャンプーの良い香りがした。
誰かを思い出しかけて一瞬、切ないような懐かしいような妙な気分になる。
俺はなんとなく、黙っていられなくなって適当な話題を振ってみた。
「ホント、噂以上だったよな・・・。そういや、今日クリスマスだけどこれから予定とか？」
「私はこれからバイト。今日っていつもより時給がいいしね。」
「ふーん。」
「ふーん・・・って。予定無いって言ったら誘ってくれたとか？」
悪戯っぽく彼女が笑ったので、俺も笑い返して誤魔化しておいた。
「さあ、どうかな。」
どうせなら、可愛い女の子と過ごしたいところだよな、クリスマス。
そのまま彼女と別れて寮への道すがら、通った商店街は見事なまでにクリスマス一色だった。
本当に日本人って物好きだよな。
いつもなら気にも留めないところだけど、帰れば俺にもクリスマスが待っている。
だから余計に気が立ってしまうというか・・・。
もう仕方ないから諦めてるけどさ。
直人はどこか行こうとは言わなかった。
確かに、恋人だらけのクリスマスに男二人で連れ立っているのは
ちょっと気まずいから正解かもしれない。
だけど、部屋で、二人っきりで、クリスマスをやろうというのもかなり頭痛の種だ。
何かあるとは思わないけど、それにしてもなあ。
そうこうしているうちに俺は寮に着いてしまった。
一度自分の部屋に寄って荷物を置こうかとも思ったけど、
面倒くさいのでそのまま直人の部屋へ行く。
ドアの前に立って一呼吸。
コンコン
一応、ノックをするとすぐに返事が返ってきた。
「開いてるから。」
待っていたからなのか、ノックの相手を確かめようともしない返答に思わず苦笑する。
「ああ、じゃ入るけど・・・って、うわ・・・！」
びっくりした。
一体いつやったのやら部屋はクリスマスらしい電飾で飾りつけられていた。
ドアの上や窓の周りに赤や青、黄色の光が点滅している。
あと、机の上にキャンドルとケーキ。お約束でチキンもある。
かなり気合の入ったクリスマスの部屋になっていた。
「せっかくだからさ、ちゃんとそれっぽくしようと思って。」
「そ、そうだな・・・。」
最早、直人相手に反論はするだけ無駄。大人しくやりすごそう。
俺ってここ1年くらいの間にすっかり諦めが染み付いた感があるよな。
「座って。んじゃ、とりあえず乾杯な」
座れといわれてもベッドと机くらいしかない部屋だ。
少し考えてから仕方なく俺はベットに腰を下ろす。
直人の手にはどこから持ってきたのか、ご丁寧にシャンパンとグラスまであった。
「俺たち一応未成年・・・。」
「数えでいけば大丈夫だって。」
「う、うん・・・。」
言ってみただけだ。やっぱり無駄な抵抗だった。
酒がやばいとはあんまり思わないけど、酔ったらまずいよな。
酔いつぶれたりしたら身の危険を感じそうだ。気をつけよう。
ポン、とコルクが抜ける良い音がした。
それから甘い香り。
「はい、しんちゃん。」
直人は慣れた手つきでシャンパンをグラスに注ぐと俺に差し出した。
「さんきゅ。」
綺麗なピンク色の液体が、灯りの下できらきらと輝く。
「じゃあ、あらためて・・・乾杯！」
軽くグラスが触れ合って涼やかな硝子の音が静かな室内に響いた。
「・・・メリークリスマス！」
直人の声が甘い。
ぞくぞくするような囁きに、ちょっとばかり身の危険を感じて俺は適当に話題を振ってみた。
「そういや、懐かしくないか？高１の時もこういうのやったよな。」
麻子ちゃんちで。
「ああ、千菜ちゃんちでやったやつな。」
懐かしそうに直人が呟く。
微妙に認識がずれてるなあ。俺にとってあれは麻子ちゃんとの思い出だったけど。
やっぱり直人は千菜ちゃんのこと好きだったのかな。
俺はとりあえず話題が思い出話にすりかわったのに安心して、グラスに口をつけた。
それにしても、
「まさか、こういう事になるとは思わなかったよな。」
「何が？」
「だから、高１の時のクリスマスさ。お前も、俺がいなきゃいいのになーとか思わなかった？」
「ひどいなあ。お前も、って何だよ。しんちゃんもそう思ってたのか？」
直人も“も”って言ってるじゃん。
自分のことは棚に上げて大げさにふてくされてみせる直人はなんだか、可愛かった。
「まあ、それが普通だよな」
「でも、今は・・・違うぜ。」
やぶ蛇！
ちびちびとシャンパンを飲んでいた手が止まる。
思い出話で誤魔化してたのに、また甘いムードに戻ってるし。
「そ、そうか・・・。」
とりあえず視線を逸らしてみる。
目が合ったらまずい。野生動物の掟と一緒だ。
喰うか喰われるか・・・なんだかそんな危機感を感じて
俺は精一杯の誤魔化しでシャンパンを一気に煽った。
ＢＡＣＫ ＮＥＸＴ
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