| Christmas to you. |
冬が嫌いだ。
とりわけ、クリスマスが嫌いだ。
日本には四季がある。季節なんて4つで充分。
クリスマスシーズンなんてわけのわからないものを増やさなくていい。
そんな主張をしたくなる12月。
俺は大学の図書館で課題と資料に埋もれていた。
そう聞かされても尚、その授業を選択しようとする奴は余程の天邪鬼だろう。
そして、俺は余程の天邪鬼だった。
実際は、隣で一緒にガイダンスを聞いていた友人が
「この授業だけはとらない」と言っていたのが理由だ。
とかく、俺とその友人は四六時中一緒にいた。
高校時代からの腐れ縁。
何か赤い糸でも間違って絡まってしまったんではないかと思うほど一緒だった。
3年間、毎年あるクラス替えを乗り切り、今は同じ大学に通っている。
ちなみに寮での部屋もお向かいさん。
朝はそいつが起こしにくるので、いつも一緒に登校。
帰りはバイトがあるから別として、学科が一緒だから授業中はほぼ一緒。
特に1年生なんてのは必修科目が多くて、選択授業が少ないから必然的にそうなるわけだけど。
まあ、とにかく俺は一つくらい別の授業があってもいいと思う、と考えたわけだ。
代償は大きかったけどな。
テストを終えた他の連中がクリスマスムードに浸る中、俺はこうして図書館で缶詰になっている。
でも、俺にとってクリスマスって言ってもなあ・・・。
ペンを走らせる手を止め、俺は一瞬遠い目をした。
一緒に過ごす彼女がいるわけでもなし。張り切る必要も無いわけだ。
そんな風にぼんやり考えていたせいで後ろから忍び寄ってきた人影に全く気がつかなかった。
突然、背後から抱きしめられる。
「しんちゃん・・・」
耳元で甘い囁き声。吐息が耳にかかる。
「わぁっ！な、何だよ！直人っ！」
不意を突かれて俺は思わず声を上げる。こんなことするのは他にいない。
「図書館ではお静かに、って書いてあるぞ。」
「って、お前のせいだろっ！」
振り返ると、そこには件の友人・・・三好直人が悪びれもせずに笑顔を浮かべて立っていた。
課題と引き換えにしてでもちょっと離れていたいと思った奴、だ。
俺は咄嗟に辺りを見回し、誰もいない事を確認して安堵した。
さすがにこんな体勢を人に見られたくない。
そんな俺の心中を全く解さない直人が暢気に尋ねてくる。
「どうかした？」
「・・・いや、お前こそ何か用か？」
帰ればいつも寮で顔を合わせるのにわざわざどうしたっていうんだか。
「うん。ちょっと会いたくなって、さ。」
直人が柔らかく微笑む。
その表情に俺の胸の奥がざわめいた。
俺といる時、たまに直人はこんな顔をする。
道に迷って、それでもやっと家に帰り着いたような安堵の混じった幸せそうな表情。
切なく胸の奥が痛む。
このせいで、少し離れたいとは思っても結局のところで突き放せない。
突き放せば直人はまた道に迷って帰る場所を見失ってしまうような気がして。
「何バカなこと言ってるんだよ。」
俺は座ったまま直人のやや色素の薄い髪に手を伸ばし、抱き寄せた。
直人が素直に身を寄せてくる。
外から来たせいかその体は冷え切っていた。
「あったかいな・・・。」
「お前が冷えすぎなんだよ。」
少しでも温もりが伝わるように、冷えた体が温まるように、俺は直人を抱く手に力を込める。
何やってるんだろう、って少し思わないでもないけど、
ついそうせずにはいられなかった。なんとなく。
静まりかえった図書館の中で互いの鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
しばらくそうした後で、直人が言った。
「なあ、来週空いてるか？」
「来週？課題があるし、一応バイト入れないであるけど？」
「そっか。じゃ、来週はそのまま空けといてくれよ。」
満足したのか直人が身を起こす。
「俺、これからバイトだから。お前の予定だけ聞きに来たんだけど・・・。得しちゃったな。」
「！！！」
悪戯っぽく笑われて、俺は見事に赤面した。
抱きしめる、なんて事をしたのは初めてかもしれない。
しかも、人気が無いとはいえ学校で。
そう思うと妙に気恥ずかしい。直人の顔を直視できない。
「わかった、わかった。予定は空けとくから、もう行けってば！」
照れ隠しに辞書を投げる振りをすると、直人は笑って投げキスなんかしながら去っていった。
その後姿が見えなくなってからふと思う。
来週か･･･来週って何かあったっけ？
課題の提出期限が確か来週だった。
あと、今期の授業が完全に終わるのも来週。
それから、それから・・・と、思いをめぐらせてふと気付いた。
クリスマスだ！
そういえば、直人って無類のイベント好きだったよな。
クリスマスなんて年1度のビッグイベントを逃すはず無い。
俺は頭を抱えた。
何が悲しくてクリスマスを男と一緒に過ごさなきゃいけないのか。
しかも、直人のことだ。ロマンチックな演出を欠かすとは思えない。
去年だって真夜中の愛のサンタクロースとかわけのわかんないことを言って、
窓から入ってきたし！
しかも、あの時、停電でコケて・・・・・・いや、今のは却下。
思い出すのやめよう。
嫌な事を思い出しそうになった俺は慌てて考えを切り替えた。
とにかく、俺と直人は友人で、腐れ縁で、時々離れたいと思うこともあるけれど
・・・1年程前に好きだと言い合ってしまったという微妙な関係だったりもする。
俺だって直人を抱きしめるくらいなら全く抵抗が無い。一緒の布団で寝たって平気。
手のかかる弟みたいなもんか？
放っておけない。守ってやりたい。・・・そんな感じ。
が、直人の奴はそれ以上に何か妙な雰囲気に持ち込もうとしているような節がある。
それが専ら俺の頭痛の種だった。
「クリスマスかぁ・・・。」
先程よりも更に遠くを見つめて俺はひとりごちた。
約束した以上、甘んじて受けるしかないだろう。
たとえ、それが多少なりとも身の危険を感じるものであったとしても、だ。
「クリスマスなんか、嫌いだぁ・・・。」
思わずぼそりと俺は呟いた。
BACK ＮＥＸＴ
|