| Christmas to you. |
時既に遅し。
そういう事を思うのは、もう本当にどうしようもない状況になったとき、なんだろうな。
「ちょ･･･、いくらなんでも飲みすぎじゃないか？」
少し焦った直人の声で我に返ったときには、そういう状態だった。
ヤバイムードから逃れるために、半ば直人から奪い取るような形で飲みまくったシャンパン既に3本。
「これ･･･俺1人で飲んだ？」
足元に転がるボトルを見ておそるおそる聞くと、直人がため息をついた。
「そうだよ。最初嫌がってたのに、お前がそんなに酒好きだったとは思わなかったよ。
もう酒ないぜ？」
いや、半分はお前のせいだ。
突っ込みたいのを我慢してとりあえず謝る。
「ごめん。」
「それはいいけど、大丈夫か？」
「え？ああ、大丈夫だよ。」
・・・多分。
確かに少しふわふわする。
それにさっきまで３本だったボトルが６本に見える。
これはヤバイかな？
まずい。目が覚めたら朝だった、とかいうのは嫌すぎる。
ここは直人の部屋で、二人っきりで、しかもベッドの上で･･･挙句に今日はクリスマスだ。
頭の中で警鐘が鳴り響き、必死に抵抗してみたものの
急激に襲ってきた眠気には打ち勝てず、そこでコトリと意識が落ちた。
最後に直人の焦る声だけが聞こえていた。
「おいっ！しんちゃん、しんちゃん！」
「･･･う･･･。」
うっすらとした視界に、電飾がぴかぴかと光っていた。
なんだっけ、これ･･･？
しばらくぼんやりと考えてから、一連の出来事を思い出した俺はがばっと起き上がった。
な、何もなかったよな！？
慌てて自分自身と室内を見回すが、特にこれといって変わった様子はない。
薄暗い照明の下、赤や緑の電飾が規則正しく光っている。
机の上のキャンドルは使われないまま、用意されたチキンなんかも口をつけないまま置かれていた。
直人はといえば、イスに座りその机にもたれたままの姿勢で眠っている。
時間は既に３時をすぎていた。
ああ、直人に悪いことしちゃったな。
一体どういう方向性を求めてたかはともかく、あいつなりに楽しみにして用意したんだろうに。
俺はベッドから起きて直人の側に行くと小さく呟いた。
「ごめんな･･･。」
俺がベッドを取っちゃったせいで、変な格好で寝てるもんなあ。
起きたら確実に寝違えてるだろうし。
謝った理由はそんなことじゃないけど。
それにしても相変わらず整った顔してるよな。
俺が直人の寝顔を見るのは結構多い。
高校の入学式に始まって、授業中その他諸々･･･暇があれば寝てるようなヤツだったし。
今も講義の間にしょっちゅう寝てる。
それであの成績を保っているのは未だに謎でしかない。
寝るのが趣味なんじゃないかと思うくらい、寝ている時のこいつは気持ち良さそうだ。
起きてる時は何しでかすか心臓に悪いけど。
「寝てる時だけは可愛いのにな、全く。」
無防備な横顔が可愛くてそっと頭を撫でてみた。
さらさらでクセのない少し薄い色の髪。
男相手に可愛いと思う時点で俺も少しヤバイと思う。
思うけど、きっと問題なのはそういうことじゃなくて･･･。
はあ、と大きくため息をついた時、下から声がした。
「ちぇ、もうちょっと上手くいくかと思ったのにな。」
「え？」
見下ろすと直人がしっかり目を開けていた。
「あの雰囲気なら、キスぐらいはするかなーと思ったのに。」
えらく楽しそうな悪戯っぽいその笑顔。
「直人、お前･･･っ！起きてたのか！いつからっ？」
対する俺の方が焦りに焦った。
「ずっと起きてたけどさ、お前が目覚ましたみたいだから寝たふりしててみたんだ。」
「･･････〜っ！」
「ま、でもお前じゃこんなもんか。」
前言撤回。
やっぱ可愛くないぞ、こいつは。
「こんなもん、ってお前なあ･･･。お前こそ、俺が寝てる間に何かしなかっただろうな？」
「するわけないだろ。」
あっさりと直人が言い放つ。
「ふーん。」
「寝てるしんちゃんに手出しても面白くなさそうだし。」
「そういう理由か･･･。」
相変わらず直人には振り回されっぱなしだな。
起きたばっかりのはずなのに、どっと疲れた気がする。
「お前の口から“可愛い”なんて聞けると思わなかったし、いい思い出になったぜ。」
直人はそれなりに機嫌がいいみたいだったけど。
「でも悪かったな。せっかく色々用意してくれたのに寝ちゃって。」
「ああいいよ、それは。来年から酒はなしにしとく。」
「そうしてくれ･･･。そういえば、直人･･･」
「うん？」
さっきから一つ気になってた事があったんだ。
「ずっと起きてたとか言ってたけど、もう３時だぜ？」
いつでもどこでもすぐ寝れる、の直人なのに。
「なんとなく。寝るのももったいない気がしてさ。」
直人が微笑んだ。
「もったいないって？」
「さっきまでイブで、今は日付が変わってもうクリスマス当日だろ？」
「うん。」
「しんちゃんは寝てたけどさ、
それでもクリスマスをずっと一緒にいるのっていいなと思ってさ。」
なんだかひどく幸せそうな物言いに俺の方が返答に困った。
そんなどうでもいいことで。
直人と一緒にクリスマスを過ごしたいっていう相手なんか、たくさんいるだろうに。
時々やっぱり直人との距離のとり方に困る時がある。
だから俺は話題を変えた。
「去年はお前、それどころじゃなかったもんな。」
「確かに、あれはヤバイと思ったよ。」
直人は苦笑して、それから付け加えた。
「あの時もしんちゃんがいたから助かったよ。」
「そ、そうか？」
俺、あの時なんか役に立ってたっけ？救急車は呼んだけど。
「隣であれだけ取り乱されたら、こっちは冷静になるしかないもんな。」
「あのなあ･･･。」
一言多いぞ、目の前で刃傷沙汰見て冷静でいられるヤツなんかいるもんか！
少しむくれた俺を見て直人が笑っていた。
あの変なムードじゃない時の直人は、可愛くはないけどやっぱり一緒に居て楽しい友人だと思う。
「とりあえず日付も変わったことだし、メリークリスマス！」
「ああ、そうだな。メリークリスマス！」
それから、直人は机の引き出しを開けると小さな箱を取り出した。
「これ、クリスマスプレゼント、な。」
「えっ！あ･･･俺、そんなの用意してないよ。ごめん。」
そもそも、今日直人とクリスマスやること自体が憂鬱でそこまで考えてなかった。
「いいって。それは今日、こうやってお前と過ごせてるだけで充分だし。」
「でも･･･。」
「いいから。気にすんなよ。」
本当に気にした様子のない直人に少しほっとする。
「さんきゅ。じゃ、開けちゃうぜ。」
「ああ。」
シンプルだけど綺麗な包みに銀のリボンがかかっている。
開けるとそこにはシルバーのネックレスが入っていた。
うーん、直人って本当に身に着けるような物ばっかり寄越すよな。
貰った以上はつけた方がいいかな。
俺が箱から取り出したそれを手の上で転がしていると、直人が言った。
「つけてやるからさ。貸してみ？」
「ああ。」
立ち上がった直人が俺の背後に回り、ネックレスを首にかける。
良く考えたら、こういう事って普通男同士じゃやらないよな。
俺達の関係って微妙な所だからなんとも言えないけど。
「良く似合うぜ。」
金具を止めながら直人がそう言った時、首筋に直人のさらさらした髪が触れた。
「おい、くすぐったいって。」
軽い抗議の声をあげたあと、ふと気付く。
待て。
待て待て待て待て。
何でネックレス付けるのに、髪があたるんだ？
その、一瞬考えた間が良くなかった。
「うわっ！？」
首筋に感じたのは柔らかくて暖かい感触。
押し付けられたそれはすぐには離れず、皮膚が引っ張られる感覚に
俺はさらに素っ頓狂な声を上げる羽目になった。
「わーっ！待て、直人！何してるんだ！？」
「しんちゃん、こんな時間に騒いだら隣の部屋に迷惑だぜ。」
何事もなかったように直人が言う。
違う、絶対違う。
そういう問題じゃないぞ、今のは！
「お前なあ･･･」
俺は今日、何度目になるかわからないため息をついた。
「いいクリスマスの思い出になったよ。」
直人は本当に楽しそうだった。
笑いながら小さなミラーを手渡してくる。
ああ。ネックレス見ろって事か。
そして、俺は鏡の中に映った自分自身を見てもう一度盛大に声を上げる事となった。
「直人っ！これは何だーーっ？」
首筋にしっかりついた何かの痕。
この時期に蚊はいない。
とすれば、理由は明白で。
俺は明日からの服選びを思ってがっくりと肩を落とした。
ＢＡＣＫ
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