| seedling child 2 |
「ミッチーーーーーー！」
翌朝、いつも通り早めに教室に入った館脇の元へ八雲が駆け込んできた。
そして思い切り抱きついてくる。
「あ、おはよう。やくもん…って、何？どうしたの？…それからミッチーじゃないから。」
「今朝、起こしに行ったら亮がいなかった…。」
「あー…。」
館脇は昨夜の事を思い出した。
王様ゲームの犠牲者となった結崎は“(伊地知曰く)素敵なスクープ写真”を
撮られた直後に部屋を飛び出していってしまい…それっきり部屋に戻った様子がなかったのだ。
「あれはちょっと…マズかったかもね…。」
結崎とてショックは大きかっただろう。
いくら皆で騒ぐうちの余興にすぎないとはいえ、あの場には夕もいたのだ。
館脇だって光の見ている前で八雲とキスなんてなったら泣いて拒みたい。
「そっか…。やっぱり狸汁食った口じゃ臭かったか…。」
「やくもん…そうじゃなくて…。」
てんで見当違いの理由を口にする八雲に館脇は呆れてしまった。
「ま、アイツの人生はこれから長いんだから1回くらい、俺に譲ったっていいじゃんなー。」
そう言って笑った八雲の顔はどこか醒めていた。
「やくもん？」
「あ、ごめん。ちょっとミッチーに抱きつく口実が欲しくてやってみただけだから。」
「あの…だから、そういう冗談は…。」
八雲は笑いながら自分の席へと歩いていく。
いつも通りに返しながら、館脇は彼の様子がおかしい事に気付いていた。
今に始まったことではない。
元々、男女構わずスキンシップが好きなタイプではあったが、力を失ってから特に多い。
それ以上に何か、彼が抱えている事も察しがつく。
(でも、きっとやくもんは僕に話さないだろうな。聞いてあげられるとしたら…亮くらい…か。)
館脇は八雲を親友だと思っている。
八雲もきっとそう思ってくれているだろう自負もあった。
だが、友というだけでは踏み込んでいけない垣根の向こうに彼の悩みはあるのだろう。
自分が聞いてもはぐらかされるのが関の山、と館脇は知っていた。
(亮…。キスはそりゃ…辛いけど。やくもん、あのまま放っておくわけにはいかないよ。)
思わず窓の外を見上げる。
空は憎らしいくらいの快晴だった。
館脇はもう一度、未だ戻らぬ友の事を思ってため息をついた。
(つまんないのー)
八雲は時計塔のてっぺんに登って風に吹かれていた。
(気持ちいいや。)
柔らかな春の風がその髪を揺らす。
ここは学院を一望出来、ビルの谷間に沈む夕日も良く見える絶好のポイントだ。
今も傾き始めた太陽が一面を鮮やかに染めている。
それでいて訪れる人間はそう多くない。
だから、喧騒を離れたい時にはよくここに来るのだ。
先程、SGコースの皆は天魔出現の報を受けて、久々の任務に駆り出されて行った。
一般人に被害が出ないうちにと慌しく出て行く彼らの後姿を見送りながら、
八雲は何ともいえない疎外感を味わっていた。
おそらく、かつて七瀬が感じたのと同じものだろう。
別の世界だ。
こんなに近いのに、果てなく遠い。
八雲の髪が風に揺れた。
もう春だというのに夕暮れ時に時計塔を通る風はまだまだ冷たい。
(そういえば…亮のヤツ、どうしてるんだろ…。)
結局、結崎はその日１度も校内に現れなかった。
チャラチャラしてはいるが、無断欠席をするような性格ではない。
(【悩】昨日、ちょっとやりすぎちゃったかー…。)
八雲が僅かばかり後悔した時、突然背後に気配を感じた。
視線は夕日に向けたまま気配の元を探る。
(何だ？…まさか、天魔じゃないよな。だけど、
階段上がってくる足音が全然聞こえなかった。
…人でも人でなくても…こんな近付くまで気配も感じさせないなんて…。)
一瞬、全身に緊張が走った。
だが相手は一定の距離を保ったまま、それ以上近付いてくる様子はない。
見られているのはわかる。
少し離れた場所から八雲の事を観察でもしているのか…？
風がまた少し強くなった。
(このまましてても埒が明かないな。それに…天魔じゃなさそうだし。)
覚悟を決めてゆっくりと振り返る。
そして、そこにいたのは…
｢え…？亮？何やってるんだよ、お前？｣
本日の行方不明者結崎亮、その人だった。
｢よ、よぉ…！｣
結崎は少し気まずそうに片手を上げてそれに応じる。
(まあ確かに…。亮なら気配消して近付くくらいお手の物だよな。)
今日はどうしたんだとか任務いいのかとか、色々言いたいことはあったが、
今ここに結崎が来たことが八雲には嬉しかった。
置いていかれる寂しさを感じていた時だから尚更だろう。
とりあえず、今やるべきは関係の修復だ。
｢えっと…昨日は悪かったな。ちょっとやりすぎたよ。ごめん。
写真も別に昴生の時みたいに悪用しないからさ。｣
｢って、やくもん！剣持の写真は悪用したのかよ。｣
八雲にしては素直に謝罪したのに、返ってきたのはツッコミだった。
｢え？だって亮があの写真使えって言ったんじゃん。｣
｢いや、だけど、まさか…本気でやるとは…。｣
結崎は驚いたようだったが、ややあってから興味深げに
｢で、反応どうだった？｣
などと聞いてきた。
(亮ってやっぱ、俺と同じ穴の狢なんじゃ…。)
｢火、吹きそうな勢いで怒ってた。｣
｢やっぱなー。｣
｢一応ちゃんと、亮の発案だって言っといたぜ。｣
｢あ、てめ！なんつーことを。……ハっ！？もしかして昨夜、足引っ掛けられたのは…。｣
｢あー…仕返し…かも？｣
｢………。｣
｢……。｣
二人して思わず顔を見合せる。
次の瞬間、同時にふきだしていた。
何が、と明確に聞かれたら答えはでないがとにかくおかしくて仕方ない。
｢ハハっ。しょーもねー。｣
｢あはは。自業自得だ、亮。｣
ひとしきり笑った後にはもう、気まずい空気はどこかへ消し飛んでいた。
｢なあ、やくもん？｣
不意に結崎が真顔で問いかけてきた。
｢ん？何？｣
｢昨夜の……卒業したら郷に帰るってマジなのか…？｣
｢ああ、その話…？ま、そうなるだろうな。｣
｢何でだよ？俺んちの養子になるとか、あの話はやっぱりイヤだったのか？
それにしたって帰らなくてもいいだろ。｣
｢………。｣
八雲は答えに詰まった。
だが、少ししてからいつも通りの能天気な笑みを浮かべる。
｢特に理由なんかないって。俺は今だって天照館在籍って事になってるんだし、
帰るのは当たり前だろ？お前の提案はなかなか嬉しかったけどさ、
亮兄ちゃんって呼ぶのもイヤだしー？｣
｢やくもん！｣
言い終わるか終わらないかのうちに結崎が声を荒げて八雲の名を呼んだ。
怒っているのか僅かに肩が震えている。
｢な、何？｣
さすがの八雲も一瞬気圧されるくらいの迫力があった。
｢本当の理由は何だよ？｣
｢本当も何も、大した理由なんか別に…。｣
｢…………。｣
思い切り睨まれた。
｢あっ！ほら、兄弟じゃ結婚出来ないし。とか？｣
｢ウソつけ！そうやって何かあるといつも冗談で誤魔化しやがって…。
お前のことなんてわかってるんだよ。｣
一生懸命茶化したが、今日の結崎には通じないようだった。
｢…亮……。｣
(ったく、亮のクセに！なんでこんな時だけ無駄に鋭いんだよ…。)
｢言えよ！言うまで帰さないからな。｣
結崎はまっすぐに八雲を見つめてくる。
だが、言いたくはなかった。
｢俺が、結崎家の人間になんかなりたくなかった、ってのは？｣
｢それはねーな。｣
｢あっそ…。｣
即答されて少し苛ついた。
実際、申し出自体はありがたいと思わないではなかったのだ。
ただ、それを受けるわけにはいかなかっただけで。
｢なあ、別にいーじゃん。俺が郷に帰ったって二度と会えなくなるわけじゃないし。
こっちにいると俺ずっとお前の恋路を邪魔して歩くかもよ？｣
｢そうだけど…。｣
結崎が目を伏せた。
いつも陽気なその顔に影が落ちる。
｢心配なんだよ、お前のこと。あの時みたいに、どっかへ遠くへ行くような気がしてさ。｣
｢……。｣
それはあながち間違いではないのかもしれない。
遠い近いの距離は、なにも物理的なものだけを指すわけではない。
先程、八雲がSGコースの皆に感じたような、近くにいるのに遠い…と思うような心の距離。
八雲はため息をついた。
本当のことを言ったら結崎は傷つくだろう。
だけど、それで諦めてくれるなら仕方がないのかもしれない。
｢なあ、亮。苗子って知ってるだろ？｣
何気ない会話のように八雲が言った。
｢ん？ああ。天照の孤児を引き取るシステムってやつな。｣
傍から聞いたら少し異常な話だ。
すんなり頷いてしまうのは結崎もまた天照郷出身だからだろう。
｢そ。あれはさ、験力のありそうな子供を選んでくるんだ。何でだと思う？｣
｢えっと……うーん、なんで？｣
少し首を傾げた結崎が降参する。
｢最近、郷では験力を持つ人間の生まれる率が下がってるんだってさ。
だから、手っ取り早く言えば鎮守人候補ってとこだな。｣
｢なるほどな。んじゃ、験力失くなったやくもんは帰らなきゃいけないこともないじゃん。｣
何気ない一言が心を抉る。
あいかわらず結崎の言葉は配慮に欠けている。
全く鈍いのか鋭いのか…。
八雲の中で苛立ちが頭をもたげた。
｢それなら“苗子”なんて呼ばれないだろ。｣
｢え？｣
冷え冷えとした声に結崎が困惑する。
｢苗子は文字通り“苗”だよ。別に慈善事業で子供を引き取ってるわけじゃない。
験力を持つものが生まれにくくなっている郷に植える苗木だ。
素質のある子供ばかり拾ってきて力が発験すればしめたもの、鎮守人候補だ。
力が発験しなくてもそれでいい。所詮“苗”だからな。
本人に無くても子や孫が生まれればいつか験力を持つ者が出てくる可能性は高い。そんなもんさ。｣
｢それって、お前もって事か？｣
八雲は結崎の問いには答えず続ける。
｢力が発験した時は良かったと思ったよ。
危険は伴うけどさ、鎮守人になったらあちこちに行けるし、割と自由だし。｣
｢じゃあ…力が無くなったら…？｣
おそるおそる聞いてくる結崎に、八雲は笑みを浮かべて返した。
酷く乾いた冷たい笑みだった。
｢苗としてあの郷であの郷のために一生を全うする。それだけさ。“羨ましい”だろ？｣
｢…ッ！？｣
結崎が絶句する。
当てつけるように言ってしまった。
きっと彼は傷ついただろう。
八雲は少し申し訳ない気持ちになって、結崎に背を向けると沈む夕日に目をやった。
もう少しで日没だ。
あれほど真っ赤だった空が徐々に暗い青へと変わっていく。
夜の空気を纏った風が二人の間を静かに流れていった。
｢そういう事だからさ。最初からわかってた事だし、
お前も気にしないで俺のことは放って……って、わわわっ！｣
空元気で明るく話ている最中、後ろから唐突に抱きしめられて八雲は悲鳴を上げた。
足を踏み外して危うく時計塔からダイブするところだった。
｢亮、いきなり危ないじゃ…｣
八雲は振り返って怒鳴りつけてやろうとしたが、上手く二の句が次げなくなった。
どこか切なげな結崎の表情を見てしまったから。
｢やくもん…。｣
八雲の肩口に顔を埋めた結崎が小さく呟く。
｢ど、どうした、亮！？何血迷ってるんだよっ！？｣
この手の冗談は八雲の専売特許だ。
まさか結崎がやるとは思っていなかったので、本気で慌ててしまう。
だが、聞こえてきたのは搾り出すような悲痛な声だった。
｢やくもん…。帰るなよ、郷になんか！｣
｢亮……。｣
｢俺、お前のことならわかってる、なんて言って。何も知らないで…ごめん。｣
｢だから…それは、いいって。｣
｢いや、良くねえよ。それに、お前は俺が呼んだら戻ってくるんだろ？
行くのやめるんだろ？だったらここに居ろよ。俺が守るから。絶対。｣
「絶対、なんてこの世にないよ…。」
「それでも！俺の力の限りで。命懸けてでも守るから！」
結崎の八雲を抱く腕に力がこもる。
｢………………うん、亮……。さんきゅー。｣
そう返すほかになくて、八雲は観念した。
結崎の気持ちは嬉しかった。
この幼馴染はきっと何度でも八雲を引き止めてくれるのだろう。
どこか遠くへ行きそうになる度に、全力で。
それなら八雲はずっとただの人でいられるのかもしれない。
｢でも、郷のじーさま達、頭固いから反対しそうだよな…。｣
あの閉鎖的な郷の事を思うと頭が痛い。
｢まあ、なんとかなるさ。｣
｢………。｣
あれだけのことを言っておきながら、全く考えなしで勝算の無い幼馴染にも頭が痛くなりそうだった。
だが、勝ち目が無くとも帰らないという思いは固まっていた。
この親友と共にならどうとでも出来るだろう。
(結論としては俺も亮の言ってた“なんとかなる”ってのと変わらないか・・・。)
楽天的な思考に巻き込まれている事に苦笑する。
そうして八雲はしばらく他愛ない話をしながら親友の腕の中にいた。
他者のぬくもりが心地よく、離れがたかったからだ。
いつの間にか日は沈んでいた。
｢なあ、亮？｣
｢何だ？｣
帰ってくる声が優しい。
だが、いつも結崎の動きで楽しんできた八雲としては物足りなくもあった。
(…時計塔の上で抱き合う男二人…。どう見てもアヤシイ構図なのに…
亮が疑問もったり、引いたり、騒いだりしないとなんかつまんなくもあるよなー…。)
｢今日、学校休んじゃってまずかったんじゃないか？｣
｢平気だろ？１日くらい。お前の方が大事だ。｣
ガラにもない台詞まで言う。
｢……でも、今日ＳＧコースは何か任務あったみたいだけど…？｣
｢え？｣
結崎が固まった。
｢任務って…まさか、天魔出たとか。｣
｢多分…。｣
｢ちょ…やくもん！何で俺がここ来た時点で教えてくれねーんだよっ！｣
八雲は結崎の腕の中から抜け出て振り返った。
見事に真っ青だ。
確かに授業をサボるだけならいざ知らず、皆が命懸けで天魔と戦っているときに
こんな暢気な事をしていたと知れたらただでは済まないだろう。
館脇は静かに根に持ちそうだし、天草は真っ向から罵ってくるだろうし、光も怒るだろう。
(やっぱり亮は慌ててる方が楽しいなー)
先程までの憂鬱な気分が嘘のように、うきうきと八雲はどこまでも楽しげだった。
｢だって、亮は俺のこと大事なんだろ？だったらいいじゃん。｣
｢そういう問題じゃねー！やくもんのバカヤローーー！！｣
時計塔のてっぺんに結崎の情けない絶叫が響き渡った。
彼がSGコースの全員から袋叩きにあうのは数時間後のことである。
| ＩＮＤＥＸ ＢＡＣＫ |
| あとがきＴＡＬＫ |
結崎×八雲。 結崎が順調に落とされてます(笑) 八雲は・・・なんか爽やかに捻くれてるイメージで。 主人公としてはかなり好きだなー。 ところで、苗子の設定ってあんまり出てこないですよね？ 攻略本とかゲーム本編とか見たんだけどよくわからなかったです。 でも、あの閉鎖的な天照郷の事だからロクなシステムじゃないだろうなあなどと思いました。 前作主人公も、選択の余地なく神子とかにされてたし・・・名家の人間以外には冷たそうな感じがしませんか？ そこへ持ってきて八雲なんか孤児で引き取られた苗子なんていうちょっと人権無視っぽいシステム上の人間だからなあ。 天照館執行部の面々はイイコばっかでしたが、絶対上のほうのじーさま方は、八雲を良く思って無さそうだよなー。 そもそも、月詠へ行かされたのも能力調べるためっていう理由だし・・・。 頑張れ・・・八雲。 |