| colorless 2 |
それは復興から取り残された瓦礫の街。
僕が、いや僕に限らずアッシュフォードの生徒が訪れることはまずないだろう場所だった。
ブリタニアに抵抗するテロリスト達が多数潜伏しているというし、
一般住民にしてもブリタニアの学生にいい感情は抱かないだろう。
つまり、ただ歩くだけでも物騒な場所というわけだ。
色のない街。
木々の緑も、美しい花もなく、どこまでも荒涼とした瓦礫の灰色と錆びた金属の茶色だけに覆われている。
この景色を見ているとデジャヴのように何かがよぎる。
ここではない場所で、よく似た景色を見ながら僕はいつも考えていた。
何を？
自問自答しながらもう一度街を見まわす。
崩れた道路は舗装されることもなく、穴のあいたアスファルトのいたるところに雨水が溜まっている。
衛生面が気になるな。
この様子じゃ上下水道も整備されていないだろう。
疫病が流行ったらひとたまりもない。
頭の中でごく自然に対策が練られていく。
限られた資源でも最大限の効果が出るようにすれば、この街だってもう少し住みやすくなるはずだ。
例えばそうだな。あれを利用すれば…
｢っと…危ないな。｣
僕は途中で思考を止めた。
アッシュフォード学園の気楽な学生としてルルーシュの側にいること。
そう決めていたのに、この街の様子を見ていると揺らぎそうになる。
勝者が敗者の上に立つのは当然でそこに異論は全くない。
だが、つい目の前の事態を打開する方法を考えてしまう。
既に生活改善の対策が３通り程頭の中にあった。
元々そういうおせっかいな性分だったのか、政治家でも目指していたか。
とりあえず今考えても仕方のないことだ。
僕はルルーシュに示された場所を目指して歩き出した。
凹凸が多くお世辞にも歩きやすいとは言えない道を昨夜聞いた通りに進むと、
やがてひときわ高く瓦礫に囲まれた場所に出た。
周囲の視線を遮るようにうず高く積まれたアスファルト。
｢……。｣
一体ここに何があるんだ？
僕は立ち止まり辺りを注意深く観察した。
すると、向こう側から誰かがやってくる足音が聞こえてきた。
｢…。｣
息をひそめる。
いつでも元来た道へ全力で引き返せるように姿勢を取る。
だが、次の瞬間僕は思わず声を上げてしまった。
｢あっ！｣
｢えっ！｣
二人の声が見事に重なる。
互いに予想外の相手を見つけ、驚きにその先の言葉もない。
カレン…だよな、あれは？
もう一度上から下まで目の前の少女の姿を確認しながらも、なお信じ難い。
夕陽のような美しい赤い髪をした病弱で穏やかな少女、カレン・シュタットフェルト。
それが僕の知るカレンだ。
けれど、今目の前にいるのはバンダナを巻き、髪型も活発なものへと変え、
動きやすい黒い服に身を包んだ…女戦士。
女戦士なんて古めかしい言い方だけど、本当にそう直感した。
軽やかな身のこなし、鋭い眼光。
学園での彼女が偽りか。
｢ライ…入団希望者ってあなただったの？｣
驚きの表情を浮かべたまま、尚も信じられないという口ぶりでカレンが呟く。
え？入団ってナニ？
頭の中にいっせいに飛び交う？マーク。
でもそれを相手に気取らせる訳にはいかない。
目の前の彼女はいつも生徒会で見ている可憐な少女ではない。油断は禁物。
僕はとっさに考えをまとめた。
まず、ここはシンジュクゲットー。
イレヴンとテロリストが溢れた町。
あと、彼女が着ている黒い服には見覚えがあった。
確かテレビで…そう、あのテロリスト黒の騎士団が着ていた服とよく似ている。
そして、今の言葉「入団希望者」。
この三つから考えられるのは、カレンが黒の騎士団の団員であり、
僕はその組織への入団希望者だと思われている。以上。
何故、そんなことに…。
僕のバラ色学園生活計画どこ行った？
頭痛がしそうだ。むしろ目眩がする。
だが何にせよ、この場を乗り切らないと始まらない。
「まさかカレンが黒の騎士団の人間だったなんてな。驚いたよ。」
彼女の問いは意図的に流して、こちらの考えのみを伝える。
「うん…そうね。いつもの私を知ってると驚くかも。」
カレンは笑いながら元気よくくるりと回って見せた。
「でも、似合ってるよ。」
笑顔でかわしながら内心は冷や汗ものだ。
絶対にカレンから質問させちゃいけない。
だって、答えられないし！
逆に少しでも情報を引き出すんだ。
だが策を弄すまでもなく、カレンは自分の日本名だのブリタニアへの恨みだのをつらつら語ってくれた。
「いつもこうなのか？その…入団希望者が来た時は。」
「ううん、今回は特別よ。ゼロに迎えに行って来てくれって言われた時はどうしたのかと思ったけど、
私達が友達なの知ってたからなのね。」
嬉しそうにカレンが言う。
崩れかけた暗い地下街を歩いていると言うのにゼロ、という単語が出るたびに
彼女の声は幸せそうに弾んだ。
よほど信望しているんだな。
表情も学園にいる時よりずっと生き生きとしてる。
「ね、それにしても、いつの間にゼロとコンタクトとったの？
団員でもなかなか直接連絡はできないのに凄いわよ。」
「へ？」
彼女の横顔に見とれてついうっかり油断していた。
しかも、質問された。
大失敗だ。
「あ、いや…」
何しろ僕自身には全く身に覚えのない話で、どう答えていいものか全くわからない。
僕をこの場に誘ったのはルルーシュだが、彼の名を今出すのは早計すぎるだろう。
「ちょっとね。知人の紹介、とだけ言っておくよ。そっから先は企業秘密。」
微笑んでウインクしてみせると、カレンはあっさり騙されてくれた。
「あ、ずるーい！」
良かった、カレンが単純で…。
そうして軽口を叩きながら進んだ地下道の先に彼らはいた。
カレンと同じく黒を基調とした統一感あるデザインの服を着た男女数人。
いや、視界に入るだけで数人、と言うべきか。
見えない場所にも何人か控えている気配があった。
こちらへの心理的効果を狙ってか、後ろからあてたライトが妙な威圧感を醸し出している。
「ゼロ、例の入団希望者を連れてきました。」
カレンがその一団に駆け寄り、中央の変なマスクの男に話しかけた。
「ご苦労だった。」
尊大な男だ。
短い労いの言葉からもそれが伝わってくる。
気に入らないな。
人に命令することに慣れた人間の話し方だ。そして、人を駒の様に使うことに長けた人間。
「ようこそ、黒の騎士団へ。」
そう言って男がこちらに手を差し出す。
物腰こそ柔らかいが、あくまで格下の者に対する型通りの対応といったところか。
そもそも怪しげなフルフェイスのマスクで顔を覆い、
仰々しいマントに身を包んだ変態の下になどつく気はさらさらない。
正義を行う等と言ってみても所詮はテロリストの集団だ。
一介の学生が関わるネタだとは到底思えない。
「会えて光栄だ、ゼロ。」
固く握りあった手には冷たい革の感触が残るだけだが、時間稼ぎも兼ねてにこやかに応対した。
さて、どうするか？
これだけ囲まれると逃げるのは無理。その場限りの嘘で乗り切れる相手でもない。
そもそも、今回の話をもってきたのはルルーシュだ。
彼からどう経由してテロリストのトップに話がいったかはわからないが、
僕の命に危険が及ぶようなことは仕組まないだろう。
と、いうかルルーシュはどこにいるんだよ。
目の前には尊大で気に食わない仮面男しか…あ。
そこでふと気が付く。
「ゼロか！」
思わず声を上げてしまい、訝しまれた。周囲を固める団員達にも警戒の色が走る。
「どうした？」
「あ、いや…。」
なるほど、そう思って見ればルルーシュだな。
僕はしみじみとゼロの姿を見なおした。
細い腰も偉そうな態度もよく知っている。
ここで僕がその正体に気付いても気付かなくても構わなかったわけだ。
このシュチュエーションは僕を試したわけじゃなく…純粋に、そう…びっくりさせるために用意しただけ。
ちょっとからかっただけなのにまだ根に持ってるなんて･･･意外と執念深いな、ルルーシュ。
だったら狙い通りに驚いてやるばかりじゃ面白くない。
僕は可能な限り友好的な態度でゼロに話しかけた。
「黒の騎士団の為に尽力したい。」
「ありがたい申し出だ。」
彼も平然と応じる。
互いに良く見知った相手なのに白々しいにも程がある。
さっきの件もあるし、少しくらいは反撃しておくか。
僕は笑みを深めてゼロに一歩近づく。
「入団にあたっては誓約が必要かな？そうだな、神前式みたいな。」
そう嘯くと不意を突かれたらしいゼロが言葉に詰まった。
「……っ！」
仮面の下の顔が見てみたい。
きっと赤くなってて可愛いだろう。
自然と緩んだ僕の口元を見てゼロがピクリと肩を震わせた。
「…そんなものは、不要だ！」
それでも怒りを隠してゼロを演じ切る様子は尊敬に値する。
「今日はもう帰るといい。制服のサイズでも計ってな。」
かなり語尾が震えてはいたけれど。
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