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そんな契約を僕らは交わした。
厳かに、青い月の光が差し込む礼拝堂で二人きり。
ただ、よく考えるとそれは“相棒としてこれからもよろしく”という話に過ぎない。
ルルーシュが僕の知りえない重い物を背負っているらしいことを考慮しても、
わざわざ、何が悲しくて男二人、伝説の礼拝堂で誓い合わなきゃならないのか…。
不意に正気に戻った僕はクラブハウスに戻る道すがら、思わず考え込んでしまった。
確かにルルーシュは綺麗だし、可愛いし、面白い。
だが、男だ。
大丈夫か、僕？
…どう考えても大丈夫じゃないな…。
「ライ、どうかしたか？」
傍らを歩いていたルルーシュが怪訝な顔でこちらを覗きこむ。
「あ、いや…」
つい上の空になっていたことを誤魔化そうと何か言いかけて僕は息をのんだ。
淡い月の光がルルーシュの端正な横顔をうっすらと照らし出す。
人を寄せ付けない野生の獣のような瞳から今は警戒の色が消え失せていた。
相手が僕だからこそ向けられている穏やかな表情。
やっぱり綺麗だ。
だから。
…まあ、いいか。
僕はそこで諦めた。
開き直った、と言ってもいい。
所詮、身元不明の記憶喪失者。
この学園に来てから結構な時間がたつのに、捜索願の一つも出ていない。
僕を失って嘆く家族も友人もいないなら、これからどう道を踏み違えようと誰にも迷惑はかからない。
だから、いいだろう。
先ほどから脳裏をよぎっていた疑問は捨てて、別のものへとすりかえた。
「ルルーシュ…さっきのきみの名前…。」
彼は「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」と名乗った。
だが、学園での名は「ルルーシュ・ランペルージ」だ。
そこに彼の背負うものの答えがあるのだろうか。
言いかけたところでルルーシュが微かに笑った。
「そうだな。戻ったら話すよ。それにしても…」
そこで一度言葉を区切る。
「何だ？」
「さっきの君の顔は傑作だったな。」
ルルーシュに名を告げられた時の僕の様子を思い出したらしい。
笑いは堪えているようだが、その肩は小刻みに震えている。
だって、驚くだろう？
今までからかい倒して遊んでた友人が、
実は世界に名だたる大国の皇位継承者の一人だとか言われたら！
一瞬ぽかんとしたりするのは当然だろう？
「………それはさっきの仕返しか？」
ううっ、さっきむくれたルルーシュの気持ちが今わかる。
「そんなわけないだろう。俺は自分からあの名を人に告げたことはないからな。」
ようやく笑いをおさめたルルーシュが至極神妙な表情でそう言った。
そう軽々と言えるものではない、か。
「そうだな。じゃ、聞かせてもらおうか。」
「ああ。話すさ、全部な。今夜は君の面白い顔がたくさん見られそうだ。」
そう言って彼はいたずらっぽく微笑む。
そしてその言葉通り、僕はルルーシュの話の一つ一つに驚かされる羽目になるのだった。
翌朝。
僕はすっかり寝不足だった。
昨夜聞かされたルルーシュの境遇たるや、
予想以上に壮絶であれこれ思い悩んでいるうちに白々と夜が明けていた。
こんなにも重く感じるのは自分に過去というものがないせいか。それとも…。
何か考えかけたが睡魔に思考が遮断される。
「うー…眠…。」
隙あらば落ちそうになる瞼を、冷たい水で顔を洗って無理やりこじ開けた。
制服のボタンを手早くとめ、中に何も入っていないぺたんこの鞄を片手に僕は学園へと急ぐ。
眠い。
朝の陽射しが目に痛い。
とにかく眠い。
眠いけど、そうじゃなくて…何か大事なことを忘れていないか？
霞がかった意識のまま校舎の中に走りこむ。
階段をせわしなく駆け上り。教室の前に着いたところで思い出した。
「あ！」
『放課後、シンジュクゲットーへ行って欲しい。』
別れ際、ルルーシュにそう言われたっけ。
その先を彼は話さなかった。
わざわざ治安の良くないと評判の場所へ行けというからにはそれなりの理由があるに違いない。
自分の目で確かめろ、か。
ブリタニアを変えるために何かしていると言っていた事と関係があるのか？
だが、どっちにしろ、
「推測ばかりでは意味がないな…。」
素手での勝負なら負ける気はしないし、危なくなったら即逃げる。
僕にはイレヴンとブリタニアの血が両方流れているらしいから、
いざとなればそれを利用して脅迫から泣き落としまで色々手段はある。
よし、大丈夫。
ゲットーで不測の事態が起きた場合の回避方法を数通り頭の中でシュミレートしてから、
僕は教室のドアを開けた。
室内にはほとんどの生徒が揃っていたが、
まだ時間には少し猶予があるようで皆それぞれ友達と歓談に興じていた。
あれだけ眠かった割に無事時間内にたどり着いた自分を軽く賞賛しながら僕は席につき、
机に突っ伏して寝る準備に入る。
放課後、走って逃げ切れるだけの体力を残しておかないとな。
視界の隅にルルーシュを探したけれど、結局その日１日彼を見つけることは出来なかった。
| ＢＡＣＫ ＮＥＸＴ |