| 江積×結奈ＳＳ ２ |
「･･････っ！」
零れ落ちそうになる涙を歯を食いしばって堪えた。
泣いては、駄目だ。
私は泣いてはいけない。
私よりずっと姫様のほうが苦しかったはず。
それなのに私は姫様を守れなかった。
私は灯如尼。
姫様に仕える者だった。
もう過去形となってしまったことが、何より悲しい。
その時、吹きすさぶ北風に着物の裾がはためいた。
それでも寒さより熱さを感じるのは、負傷した箇所が熱を持っているからか。
白かったはずの着物は血と泥とで汚れて、最早元の色などわからない。
歩くたびに全身が軋んだ。
骨も何本か折れているかもしれない。
だが、私にはこれから八房を封じるという使命が残っている。
それまで、泣いてはいけない。
死んでもいけない。
私は一人で戦って一人で死ぬ。
その事に何の躊躇いもなかった。
姫様を守れなかった私の果たすべき責任だ。
定められた事なら従うのみ。
私は決意と共に姫様の形見の首飾りを握り締めた。
･･･う･･･ん･･･？」
薄ぼんやりした視界の向こうに白い天井が見える。
ここ･･･どこ･･･？
私･･･寝てる･･･？
駄目だ、八房を封印するまで、休んだりしちゃ･･･いけないのに･･･。
目だけ動かしてみるとカーテンも白い。
「お！やっと気が付いたか」
いつもの元気な声と共に江積先輩が覗き込んできた。
そこでふっと文字通り夢から覚めたように、さっきまでの遠い意識が吹き飛んだ。
先輩！顔が近いですっ！
「きゃー！」
思わず叫ぶと先輩が苦笑する。
「あはははは！それだけ元気がありゃあ、もう大丈夫だな。」
「あれ？私どうしたんですっけ？」
とりあえずベッドに寝かされてるみたい、だよね。
もそもそと起き上がるとベッド脇に座っていた先輩が心配そうに私を見た。
「おいおい、起き上がって平気なのか？お前、転んで脳震盪起したらしいぜ。」
「あ！」
思い出した！
先輩と香澄が歩いてるのに気をとられて転んじゃったんだっけ。
じゃあここは保健室かな。
「全く、びっくりしたぜ。体育館からなんかゴン！っつー凄ぇ音と、
悲鳴が聞こえてきたからさ。また業羅でも出たかと慌てて行ったらお前が倒れてるし。」
「･･･香澄、は？」
問いかけた声は自分でも予想外なほど暗かった。
だけど目が覚めたばかりの私が本調子じゃないと思ったのか、先輩は気にした様子もない。
「なんだ、こんな時まであいつの事かよ。本当にお前ら仲いーな。
八尋もお前が目醒ますまでいるって言ってたけどな、遅くなるといけないから帰らせたぜ。」
さっき二人が仲良く歩いていた姿がまざまざと思い出される。
遅くなるといけない、そんな風に先輩は香澄の心配をするんだ？
それは香澄が伏姫だから？
それとももっと他の理由？
そうだよね、香澄は可愛いもの。
一人で夜道なんか歩かせたら心配にもなるよ。
自分でも卑屈になってる自覚はあったけど、止まらなかった。
「･･･先輩は、何で残ってたんですか？」
「何でって、そりゃ･･･」
江積先輩がきょとんとした。
そういう聞かれ方をするとは思ってなかったみたい。
「･･･そんなに香澄が心配なら一緒に帰ってあげれば良かったじゃないですか！」
止まらない。
私、おかしいことを言ってる。
わかるのに･･･何でだろう？
きっとさっきの夢のせいだ。
夢の中で感じた酷い孤独が今も私の体をちりちりと蝕むような気がする。
苦しいのに死さえ許されない、あの感覚が。
「ちょっと、おい！何言ってるんだ？やっぱり変なところでも打ったのかよ？」
「何で今更･･･。」
「桐沢？」
「あの時、私が行かないでって言っても香澄を守りにいったくせに！
今日だって香澄と一緒で楽しそうだったじゃない！
私なんかより香澄の方がいいって先輩だって思ってるんでしょうっ？」
ヒステリックに怒鳴ると先輩は無言で立ち上がり、ドアの方へ歩いていった。
去っていく背中が悲しかった。
怒らせた･･･よね。
先輩は私を好きだと言ってくれた人だ。私も先輩が好き。
でも、いいんだ。
私にはやっぱり一人が似合ってる。
そういう定めなんだ。
俯いてぎゅっと目を閉じた。
覚悟は出来ても先輩が行ってしまう、その瞬間を見たくはなかった。
向こうからカチャリと金属の音が聞こえた。
続いてドアを開く音と去っていく先輩の足音が･･････。
いつまでたっても聞こえない。
「あれ？」
「あれ？じゃねーよ。」
随分近くに声が聞こえて、おそるおそる目を開けると先輩は目の前にいた。
「わー！江積先輩！どうしたんですかっ？」
「全く･･･。で、いつの話だ？」
先輩がやれやれと大きくため息をつく。
「えっと、何が？」
話が全く掴めない。
とりえず先輩が怒ってないらしいことにほっとした。
そして、拍子抜けしたせいで、
さっきまでの激情とも言えるような激しい感情の波もだいぶ治まっていた。
「何が？じゃなくて、俺がお前を置いていったっていつの話だ？」
「あ･･･。」
先輩、私の話ちゃんと聞いててくれたんだ。
あんなメチャクチャ言っちゃったのに。
それが少し嬉しい。
「えっと、前に江積先輩と初めてカラオケに行った帰りなんですけど
。業羅が出たって言われて、先輩そのまま香澄の所に行っちゃったでしょう？」
心配になってそっと見たら、先輩はいつになく真剣な顔をしていた。
「あの時、か。お前、行かないでくれなんて言ったか？」
「直接そうは言わなかったですよ。
でも、香澄には他に七人もついてるんだから大丈夫でしょって言ったけど、
先輩は香澄が心配だ、って。」
「･･････そっか。あの時の、お前はそんな風に思ってたのか･･･。」
感情を押し殺したようなその声に私は急に怖くなった。
こんな我侭、今度こそ怒らせちゃったのかもしれない。
「あの･･･今頃こんなこと言ってすみません！
なんか先輩と香澄が一緒にいる所見たらヤキモチ妬いちゃったのかも･･･
･･･なーんて･･･。えっと･･･だから･･･。」
上手い言い訳が思いつかなくてあたふたした私は、
次の瞬間すっぽりと先輩の腕の中に包まれていた。
「！？」
「悪ぃ、気付かなくて。あの時、お前凄い辛そうだったもんな。
そういうつもりじゃなかったけど、気付いてやれなくてごめん。」
頭の上から降ってくる声は苦しそうだった。
まるで先輩のほうがずっとずっと辛いみたい。
「あのっ･･･でも、今はもう、平気だし。」
なんとか腕の中から出ようともがいてみたけど、先輩は更に私を強く抱きしめる。
「平気じゃないから、こういう事になるんだろーが！」
「でも、本当に大丈夫です。」
「お前の“大丈夫です”なんかアテになるかよ。そうやってお前いつも･･･。」
「先輩･･･？」
まるで痛みを堪えるみたいに途切れた言葉に私の方が心配になる。
「いいから！黙って聞けよ。こんなこと本当はずっと黙ってるつもりだったんだけどな。」
有無を言わせぬ口調だった。
「は、はいっ」
「悪かったよ。あの時俺は焦ってたんだ。
それに、お前が姫じゃないってわかって本当は少し嬉しかった。」
「…え？どうしてですか？」
意外だった。
皆、姫が大切なんだとばかり･･･。
「伏姫ってのはさ、皆で守る皆の姫様だろ？･･･それじゃ、独り占め出来ねぇし。」
「･･････っ！？」
わー、恥ずかしい。でも、嬉しい。
頬がかぁっと熱くなる。
きっと先輩も真っ赤だよね？
私は先輩の表情が見たくて顔を上げようとしたけど、
何が何でも顔を見られたくないらしく私を腕の中に抱き込んで断固離そうとしなかった。
「それに･･･お前が伏姫じゃねぇって事はもう戦わなくていいってことだ。
ずっと辛かったんだよ。お前が戦うの見てるのはさ。
どんなに自分が傷ついても、それ後回しにして皆の回復ばっかりしてただろ。
無理しすぎてぶっ倒れた事もあった。
その度に笑って“大丈夫です”って言うお前に何もしてやれない自分が情けなくてさ。」
「･･････。」
そんな風に心配してくれてるなんて、私全然知らなかった。
「お前が家にいるなら安心だって思ってた。
お前が安全で、傷つかないなら、俺は心置きなく戦える。
そう思ったからあの時も一人で帰したんだよ。」
「先輩、ごめんなさい･･･。」
あの時、私は何も知らなくて、ただただ一人で落ち込むばかりだった。
先輩の気持ちなんか考えもしなかった。
今、私は嬉しいのと申し訳ないのが一緒になって泣き出しそうだった。
「いや、お前が謝る事じゃねぇよ。連れてけば良かったんだ。
お前は元々守られてるだけなんか嫌だ！ってタイプだったんだし。
実際、お前がいた時には簡単に倒せてた程度の業羅にまで苦戦したんだぜ。」
「そうなんですか？」
「おう！お前がいないとやっぱり調子出ないっつーか、
でも、俺はそれでも良かったんだけどな。お前が無事でいるってだけで他はどうでも良かった。」
「先輩･･･。」
「それに早く終わらせたかった。姫とか八房とか生まれ変わりとか犬士とか･･･運命とか。
そういうものと切り離したところでお前と一緒に居たかったんだ。
言ったろ？俺の願いはお前とずっと一緒にいることだって。」
優しい声が降ってくる。
先輩の温もりに包まれたまま、私は今度こそ泣き出してしまった。
「え！おい、何で泣いてるんだよ？」
「ごめんなさい、先輩･･･。」
「だから、お前が謝ることじゃねーって。」
「ううん、違うんです、先輩。私、嬉しくて･･･もう、しばらく涙止まらないかも･･･」
しゃくり上げながらそれだけ言うと、先輩が優しく私の頭を撫でてくれた。
「分かったよ。気が済むまで泣いとけ。その代わり、終わったらちゃんと笑えよ。
俺はお前の笑った顔が好きなんだからな。」
「･･･はい･･･。」
私は幸せだと思う。
泣いていい、って言ってくれる人がいる。
傷つかないで欲しい、って言ってくれる人がいる。
ひとしきり先輩の腕の中で泣いた後、ようやく私は落ち着いた。
「先輩、ごめんなさい･･･。」
「だー！だから謝るなって言ってるだろーが！」
「えっと、そうじゃなくて、先輩のシャツぐちゃぐちゃです。」
涙で。
私はもう子供みたいにわんわん泣いたものだから、シャツはそれは酷い事になっていた。
「げ。いやまあ、それくらい大したことじゃねぇよ。」
一瞬、自分の胸元を見て苦笑した先輩だったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「それより、ほら！泣き終わったらちゃんと笑えって言ったよな。」
「･･･はい！」
私は顔を上げてまっすぐ先輩を見上げた。
まだ少し、涙の残る顔のまま思いっきり笑ってみせる。
「･･･しかし、ひでぇな。目真っ赤だし、腫れてるし。結構壮絶だぜ？」
「ひどっ！先輩がそうしろって言ったんじゃないですか！」
「うん、まあ･･･そういう所も嫌いじゃないぜ。」
嘘だ、絶対。
私が疑いの視線を投げかけると、先輩は明後日の方を見ていた。
「ところでよ、朝言いかけたこと。何だったんだ？」
話題変えて誤魔化そうとしてませんか、先輩？
「朝って？」
「ほら、進学がどうこうとか。」
「ああ、あれですね。私、高校出たら奨学金のある大学行こうと思ってるんです。」
「そうなのか？」
「はい。それで奨学金制度の整ってる所を調べたら近くにはなくて、
先輩がその近くの大学とかに行くといいなと思ったんですけど。」
「いや、それよりお前･･･家、出る気なのか？」
「そのつもりです。やっぱり、どんなに仲良くても色々割り切れなくて･･･。」
「そっか。まあ、そうかもしれねぇな。で、どこだ？お前が目星つけてるとこって。」
先輩がそれ以上深く追求してこない事に私は安堵した。
やっぱりわかってくれてるのかもしれない。
「そうですね。A県の○○大学とかB県の××大学とか･･･」
「ふぅん。まあ、それはいいけどよ。俺、来年で卒業だぜ？
その後、お前が卒業するまで二年も待てって？」
少し不満そうな先輩の声に私はふと朝の事を思い出した。
「あれ？先輩もしかして、近くの大学にしようとしてたのって、私の側にいてくれるためですか？」
ぱーっと先輩の顔が赤くなる。
わ、図星だ。
「な、なんだよ！好きなら目離すなって言ったのはお前だろーが！」
「確かにそうですけど。」
まさかそこまで考えてるとは思いませんでした、ごめんなさい。
「でも、今時携帯もメールもあるから大丈夫ですよ。」
「お前の“大丈夫です”はアテにならないって言ったよな？」
ちらりと恨みがましい目で見られて、今度は私のほうが焦る羽目になった。
「す、すみません。でも、その後ずっと一緒にいられるじゃないですか。
私も知らない場所に一人で行くより、先輩が先に行ってれば安心出来ますし。」
また、先輩が赤くなる。
さっきより焦っているみたいでなんだか挙動不審。
えーと、私何かおかしいこと言ったかな？
「いや、でも、マズイだろ？いくらなんでも学生で一緒に暮らすってのは。
ま、まあ家賃が半額で済むとか言い訳にすればなんとか･･･。」
「はあぁ？」
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
先輩！先輩！何考えてるんですか！？
「私、そんな事、一言も言ってないですよっ！独り暮らしに決まってるじゃないですかーーっ！」
私の声が狭い保健室の中でこだました。
ああ、もう、本当に･･･先輩ってば！
でも、私は幸せだ。
こうして一緒にいてくれる人がいる。
これから先も一緒にいようと言ってくれる人がいる。
過去の私は一人きりだった。
一人で戦って、一人で死んでいった。
酷い孤独に蝕まれて、恨みの念に負けそうになりながら。
何で忘れていたんだろう？
あの日、八房を封印したあの日に･･･私は一人じゃないって強く感じたはずなのに。
江積先輩がいてくれる。
心配してくれて、泣いていいって言ってくれて、一緒に戦ってくれて･･･。
灯如尼は･･･彼女は一人だったかもしれないけど、私は違う。
そう、私は･･･灯如尼じゃない。
桐沢結奈だ。
そして･･･凄く凄く幸せだ。
| ＴＯＰ ＢＡＣＫ |
| あとがきＴＡＬＫ |
| えーっと･･･テーマは江積による結奈フォロー＆香澄との別離、です。 べ、別にねそこまで香澄が駄目とは言わんのですが、ＥＤ後一緒に暮らすっていうのはなんか気持ち悪くて･･･。 原作設定大無視ＳＳです。スミマセン。 っていうか、乙女ゲーの二次創作をやったのは初めてです。こんなのでいーんだろうか。ﾄﾞｷﾄﾞｷ。 でも、八犬士ってマイナーゲーっぽいのであまり見る人もいなそうだからいっかと開き直ってみたり。 個人的に砂糖と蜂蜜と生クリームかけたようなラブラブを書きたかったのです。 だって、本編の結奈って不憫なんだもん。多分、灯如尼も・・・あんまり幸せな人生送って無さそうだし。 ＳＳ中で主人公がヒステリックになってしまったのは、前世を半端に思い出してパニくったって事にしておいてください。 |