| ポッキーとプリッツの日小ネタ |
沸き上がる歓声と白熱灯の温かな光の下で俺はひたすら困惑した。
目の前に差し出されたのは甘いチョコレートたっぷりのポッキー1本。
それから同じバイト先の可愛い女の子。
そう、今日は11月11日、通称ポッキーの日･･･らしい。
バイト帰りの飲み会で酒が入って盛り上がり、どこをどう間違ったのか俺はポッキーゲームの餌食になっていた。
そしてこれ、周囲で囃す側はいいけど、実際やる方は意外と楽しくない。
酒も入っているというのに、妙に冷め切った自分に少し驚いた。
少なくとも高校時代の俺だったら可愛い女の子と事故チューな可能性なんて諸手をあげて喜んでいたはずなのに。
そこまで考えてふと気付く。
ああ、そうか。
隣にアイツがいないからか･･･。
すっかり毒されているな、と周囲にバレないようこっそり苦笑した。
「疲れたぁ〜･･･。」 思わず背中からばたっとベッドに倒れ込む。 「お疲れさま。そんなに今日のバイト、ハードだったわけ？」 軽口を叩きながら上から俺をのぞき込む人影。 腐れ縁で親友で･･･あと色々説明しづらい関係な男、三好直人だ。 そう、今俺がいるのはこいつの部屋。 二次会のお誘いを笑顔で辞退した後、自分の部屋に戻るのももどかしくここへ直行したのだった。 認めたくないけど、やっぱり付き合い長いし直人の側は落ち着くよな。 「いや、バイトっていうより･･･」 疲れと柔らかな布団とまだ少し残ったアルコールのせいでぼんやりと思考に霞がかかる。 瞼が重い。 「飲み会がさ。ポッキーゲームだっけ･･･？当たっちゃって･･･確かにあれは罰ゲームだった・・・。」 「へぇ。やったんだ？」 少し笑いを含んだからかうような声が降ってくる。 「･･･うん。」 それに安心して目を閉じた。 「お前は慣れてるのかもしれないけどさ･･･俺はああいうのやったことないから焦ったよ。」 ほとんど寝言みたいに呟いた。 それでも去年直人に付き合わされたせいで初めて知ったんじゃないだけマシだったけど。 「可愛い子だった？」 「え？ああ、うん･･･そうだな。」 思い出しながら答えた。 可愛い子だ。多分俺好みの。 でも、今日は何となく気乗りしなかった。 それにああいうのって男の方が拒否出来る雰囲気じゃないよな。 相手の子を傷付けたくないし、形だけでも「やったぁ！役得！」みたいな顔しなきゃいけないのが面倒だ。 「･･･ふぅん、良かったな。」 良くは、なかったよ。 直人の声は相変わらず微かな笑いを含んでいたから、心の中だけで呟いて敢えて訂正しなかった。 多分、それが良くなかったんだろうけど、その時は深く考えていなかった。 投げ出された手足から力が抜けていく。 もうこのまま寝ちゃおうかなと思うくらいだるい。 だからガサガサと何か袋を開ける音がしたのは気にとめなかった。 ぼんやりしていると、ギシっとベッドのスプリングが軋む音がした。 それと同時に頭のすぐそばのマットが沈む。 「ん？」 さすがに何事かと目を開けると至近距離に直人がいた。 いた、というか端から見たら押し倒されている以外の何物でもない格好になっている。 「え？直人･･･？！」 焦る俺を後目にあいつは無言で綺麗な作り笑いを返してくれた。 あれ？何か地雷踏んだ？ 酔いと眠気が一気に吹き飛ぶ。 慌てて起きあがろうとしたけど胸を軽く押されて再びベッドに沈みこむ。 「しんちゃん、俺ともしようぜ？ポッキーゲーム。」 そしてぞくっとするような甘い声。 「いや、待て直人。この姿勢じゃポッキーゲームにならないだ･･･むぐ！」 言い終わる前に口の中に甘いチョコの味が広がった。 上の側を直人も口に含む。 大体ポッキーって短いんだよ！ 最初の一口の時点で顔近すぎるだろ！ そんな非難を叫びたくても既に口は塞がっていた。 そもそもベッドに寝ている体制じゃ逃げ場もない。 ああ、もうこれって、もう！ 無駄な抵抗を試みている間にもサクサクと音を立てて直人の顔が近づいてきていた。 「！！！？」 もう色々覚悟するしかなくてぎゅっと目を閉じた。 ふっと吐息が顔にかかる。 あと少しで唇が触れそうだ。 ところがそれを最後にポッキーをかじる音が聞こえなくなった。 「･･････？」 次いでふっと体の上の気配が消えた。 不審に思っておそるおそる目を開けると立ち上がった直人が派手にため息をついている。 「しんちゃんさあ、一口も食べないんじゃゲームにならないぜ？」 あの体制でまだゲームと言い切るのか、というツッコミを入れたくなるところだけど。 でも、そうか。 なんだかんだ言ってこいつは無理矢理事に及んだりはしないんだよな。 思わず笑ってしまった俺と対照的に直人の少しむくれた横顔が傷ついて見えた。 女の子とはポッキゲームしたのに直人のは拒否したと思われたかな。 少し反動をつけて起きあがると足下に投げ出されていた鞄から菓子の小袋を取り出した。 「直人！」 呼んでアルミのそれを放るとあいつはぱしっと音がするくらいきちんと受け止めた。 うん、ナイスキャッチ！ 「ん？何これ？･･･プリッツ？」 「貰い物だけどな。今日ってプリッツの日でもいいんだろ？明日の昼飯賭けようよ。」 「え？！いいのか？」 見てわかるほどに直人が顔を綻ばせる。 ほら、こういうの見ちゃうと弱いんだよな。 わざわざポッキー用意して待ってたと思うとあのまま放っておけないし仕方ない。 「じゃあ、今年はプリッツゲームって事で！」 すっかり機嫌を良くしたらしい直人が張り切って袋を開けた。 早速先端を口に含み、屈託のない笑みを浮かべたまま俺にも促してくる。 このゲームって片方がキスしちゃっても構わない、と思ってたらそもそもゲームとして成立しないんだよな。そういう意味で俺は不利すぎる。 だから、たまには禁じ手を使ってもいいだろう？ プリッツを口に含む直前に直人を真似た少し低い声で囁いてみた。 「俺さ、今日の飲み会のポッキーゲームはキスしそうになった瞬間に逃げたんだ。やっぱりこういうのは･･･そうだな、可愛い女の子は沢山いるかもしれないけど、お前とする方が楽しいよ。」 「･･･っ！？」 囁き終わるのと動揺した直人がプリッツを噛み砕くのとほぼ同時だった。 ぽとりと菓子が床に落ちる。 これで、今年は終わり。ついでに明日の昼飯ゲットだ。 再戦するならまた来年にしてもらおう。 まだ少し呆然としている直人見ながら俺は勝利の笑みを浮かべたのだった。 |
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