| ポッキーの日小ネタ |
「よ。しんちゃん、今日はポッキーの日だな。」
朝、顔を合わせるなり直人がそう言った。
見れば手にはお馴染みの真っ赤な箱がひとつ。
「何それ？」
「11月11日で…こう、1が4本並んだポッキーっぽいから、ポッキーの日。」
「へえ、お前って相変わらずどうでもいいこと知ってるんだな。」
「何言ってるんだよ。女の子と話す時、きっかけになるような雑学は何でも重要だぜ？」
「はいはい。」
得意げに言うその姿に思わずため息をつく。
全く直人のこのナンパにかける執念って何なんだろうな。
……考えるだけ無駄か。
「と、いうわけでポッキーゲームしようぜ！」
「？」
何がと、いうわけで…なんだろう？
そしてポッキーでゲーム？
ポッキーを剣に見立てて戦うとか、ポッキーを組み上げてマッチ工作みたいのを作るとかそういう……んじゃないんだろうな、多分。
脳内に浮かぶ疑問符が顔にも出ていたのだろうか。
直人が呆れたようにそんなことも知らないのか、と呟く。
「ほっとけ。」
「合コンとかでよくやるじゃん。」
「……。」
当たり前のように言われても俺はやったことない。
「まあ、いいや。ほら、これから年末の飲み会とかでやる機会もあるだろうし、予行練習だと思って。」
いそいそと直人が取り出したのはどこから見ても普通のポッキー1本。
まあ、そういうことなら付き合ってやってもいいけど。
「ふーん、どうやるんだ？」
「これを端と端でくわえて同時に食べていくんだ。」
「そんなことしたら最後は顔がぶつかるんじゃ？」
「そ。だから先に離した方が負け。要はチキンレースみたいなもんだな。」
「なるほど。」
「そうだな…練習とはいえ勝負だし。本気でやるように負けた方が1週間昼飯おごるってのはどうだ？」
「うん、いいよ。」
頷きながら、これは負けられないなと思った。
安さが売りの学食だとしても1週間分は結構大きい。
「じゃあ、はじめるぜ」
正面に向かい合い、二人してポッキーをくわえる。
「……。」
今更ながら気付いたけど、コレ、かなり顔近いな。
菓子の長さを考えればごくごく当然なんだけど十数センチってところだ。
サクサクとポッキーをかじる音と共に直人の顔が更に近づいてくる。
「……。」
離したら負けだから口を開くわけにもいかず、俺も無言で一口、二口とかじる。
近い。
もう吐息がかかり、鼻がぶつかるような距離だ。
真っ直ぐこちらを見る澄んだ褐色の瞳が柔らかな光を湛えていて思わずどきっとした。
ちょっと待て、これどうするんだ！？
このままだと顔、というより口と口がぶつかるわけで…それって要はキスなんじゃあ…？
いくらなんでもそれはマズイと慌てて口を離そうとした時には既に遅く、眼前に直人の顔があった。
思わずぎゅっと目を瞑る。
次の瞬間、ぱきんと軽い音がしてすぐ傍にあった気配が離れていった。
見れば直人が残った数センチのポッキーを飲み込むところだ。
「残念。あとちょっとの所で折れちゃったな。じゃ、引き分けって事で。」
「…うん。」
「もう1回やる？」
「もういいってば。」
答えながら記憶を反芻する。
引き分け…なのか？
一瞬何か唇にやわらかい物がかすめたような…？
隣では直人が妙に楽しげな顔で残りのポッキーを食べていた。
うん、深く考えるのはやめよう。
「ところでお前さ、今のゲーム。結構合コンで何度もやったことあるのか？」
何となく気になって問いかけるとポッキー咥えたままの直人が苦笑した。
「ん？ないぜ。」
「え？」
「あれを皆の前でやるとか罰ゲームだろ。俺がそんな要領悪いことするわけないじゃん。」
「んん？だってさもか定番のみたいな言いっぷりだったじゃないか。」
だから予行練習と言われて素直に付き合っちゃったわけで。
「罰ゲームで盛り上がる時の定番なのは本当だけどな。あと、ポッキーの日を口実に好きな相手とイチャついてるだけのおめでたい連中 も結構いるぜ。だから」
そこで1度言葉を区切ると、直人はちょっと笑って聞きなれた一段低く甘い声で囁いた。
「1度やってみたかったんだ、しんちゃんと。」
「お前なぁ…。」
ああもう、本当にもう！
いつも振り回されてばかりだけど、少しだけ直人を可愛いと思わなくもないのが腹立たしい。
俺は直人からポッキーの箱を奪い取りと残り全部一気に口に頬張った。
「言っとくけど、次やるならまた来年だからな。」
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