| ハロウィン小ネタ |
「トリック オア トリート？」
ばさりと黒いマントが目の前で翻る。
「何だ、それ？」
良く見れば量販店で売っていそうな安っぽいテカテカした生地だ。
それっぽく襟を立て、嘘っぽい牙をつけたドラキュラ伯爵に俺は至って冷静に突っ込みを入れた。
「何って、ハロウィンだろ！ハロウィンといえばコスプレ！」
「は？」
「コスプレのためにあるようなお祭りだもんな。」
「そうか？」
何か違うような気もするけど、いちいち突っ込むのは野暮だろうか。
「可愛い女の子がミニスカで魔女とかやるんだぜ。こっちもコスプレしてなかったら一緒に騒げないだろ。」
「で、何で吸血鬼なわけ？」
ハロウィンってカボチャの祭りか何かじゃなかったっけ？
ここ数年結構盛んになってきたみたいだけど、俺たちの高校時代とかはそこまでじゃなかったしなあ。
簡潔に言えば、興味がない。
相変わらずイベントごとだと無駄に盛り上がる直人はいつも以上に生き生きとしている気がするけど。
「何でって俺と君は運命で巡り合うようになっていたんだ、ってなことを囁くとコロッといく女の子も結構いるぜ？」
「だから、何で吸血鬼？」
「ゾンビにそんなこと言われてコロっと行く子がいるわけないじゃん。」
「あー…はいはい。」
要は形から入った、ってことか。
「君のその血を吸わせてほしい、ってノリで色々接近しやすいしな！」
「わかったってば。」
ナンパはライフワークと言い切る直人だけあって、こういったイベントごとは外せないらしい。
俺としてはどうでもいいことだ。
高校時代の学園祭で仮装した時には家の納戸にあった鎧兜を背負っていったけど、やたら重かった記憶しかないし。
「で、しんちゃんはやらないのか？」
「俺はいいよ。特に何も用意してないし。」
「用意してないのか？」
「うん。」
イベントにのらないなんて勿体無いとかつまらないとかその手の返答がくるのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
用意してないのか、と直人がもう一度小さく繰り返す。
「だから、そうだってば。」
「ふうん。」
その口が妙に楽しげな三日月に歪められて、俺は何だか嫌な予感がした。
「Trick or Treat？」
「は？」
直人は唐突に俺の顎に手をかけてぐいと持ち上げると、間近に見つめながら一段甘い声で囁いた。
やけに綺麗な発音が耳に心地よく、ぞくりとする。
あれ、でも何でこんな近距離で？
あと、トリックオアトリートって確か…。
「そう。お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ、だぜ？何も用意してないんじゃイタズラ確定だな。」
目の前の吸血鬼が嬉しそうに笑う。
「待て、ちょっと待て、直人！」
慌てた制止が今更間に合うことはなく。
１０月３１日、ハロウィンの日。
俺は首筋にしっかりとドラキュラのイタズラを受ける羽目になったのだった。
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