| I want to have a look at you |
夜空に眩いばかりの光が広がって大輪の花が咲く。
赤、青、白、緑。
その花の欠片達がきらきらと舞い降りてくるのを俺はただただ見上げていた。
どん、と空気を震わす大きな音がして人々は皆空だけを見ている。
だからきっと誰も気づかない。
本当にあいつの言った通りだな、と俺は苦笑した。
「しんちゃん、花火、見に行こうぜ！」
直人がそう言いだしたのは７月も終わりにさしかかったある日のことだった。
俺はそれに不承不承ながら承諾し、今日はその花火大会とやら当日だ。
梅雨が明けた後のカラリと晴れた空には太陽が燦々と輝き、鬱陶しいことこの上ない。
いくら日が落ちる時間から開催だっていっても屋外だし暑そうだ。
せっかく今日は純粋な休みでのんびりしてたのになあ。
ベッドでごろごろしている俺を直人が覗きこんでくる。
「ちゃんと浴衣着て行くんだぜ？」
浴衣なんて着たことないし、着方知らないし。面倒だ。
やなこった、という本心が顔に出ていたらしい。
直人が胡乱な眼付で睨んでくる。
「この前、次予定が空いてたら付き合うって言ったろ。」
「言ったけど。花火はともかく俺、浴衣持ってないし、このためだけに買うのも馬鹿馬鹿しいし、パス！」
ひらひらと手を振って拒否したのに、何故か直人は我が意を得たりとばかりにニッと笑った。
「じゃじゃーん、これ何だ？」
「何って…あれ？」
直人の手には２枚の浴衣。
用意…してたんだ。
これには呆れるしかない。
一枚は黒の網島模様、もう一枚は同じ模様できなりの物だった。
しかも妙に年期の入った代物だ。
「どうしたんだよ、それ？」
「いや〜、どうせしんちゃんは浴衣買うの勿体ないとか言うだろうと思って。」
「で？」
「おばあちゃんに相談したら快く送ってくれたぜ。」
あ、おばあちゃんってそれ、うちのか。
「じゃあ、これ死んだじいさんのって事？」
「そうらしいよ。箪笥の肥しにしとくのは勿体ないから使ってくれ、ってさ。」
これは拒否出来ない感じだな。
なんか外堀から色々埋められてる気がして、俺は仕方なく白旗を上げた。
「わかったわかった。でも、俺着付けとか出来ないからな。」
「それは俺に任せとけって！」
直人は自信満々だ。
「浴衣くらいならそう難しいもんじゃねえよ。ほら、起きて！」
「はいはい。」
のろのろと起き上ると直人が手際よく着付けを始めた。
「……。」
羽織った浴衣の襟を持って綺麗に真ん中にあわせ、上前を左脇に入れる。
別に他意があるわけじゃないのはわかっているけど、直人の熱い手が肌着一枚隔てただけの体に触れてくる感触に、その真剣な表情に、なんだか胸の奥がざわめいた。
まるで抱きしめられるみたいにしながら腰ひもと帯が結ばれる。
「ほい、終了っと。」
直人がぱしっと帯をはたく。
結構しっかり着れてるみたいだ。少し動いたくらいなら着崩れもしなそうだし。
「しかし、お前本当に何でも出来るのな。」
半ば呆れて呟くと直人はにやっと笑う。
「当ったり前だろ！浴衣の男はナンパの成功率あがるんだから！そ・れ・に、着付けわかってないと女の子の浴衣脱がせた後戻してあげられないじゃん。」
「なんなんだよ、それは。」
ああ、聞くんじゃなかった。
こいつの行動原理は今も変わらず女の子中心で…っていうか、脱がすなんてシュチュエーションになったことないよ、どうせ。
いじけそうになる俺を尻目に直人は自分の着付けもさっさと始めていた。
俺は黒の網縞模様に同じく黒い帯、直人は白のきなり網縞に黒の帯。
網縞はきっとじいさんの趣味だったんだろうから仕方ないけど、これ色違いペアルック状態だよな。
やれやれとため息をつきながら、ちらりと横を見ると直人はもう帯を結び終えるところだった。
まあ、確かにこれは直人の言う事も一理あるかな。
どちらかというと細身な直人に浴衣は意外なほどよく似合っていた。
もともとの色素の薄い髪や肌と相まってきなりの浴衣がより一層儚げに見せる。
空いた胸元が色っぽくすらあるんだから馬子にも衣装とはこのことだ。
「ん？どうかした？」
俺の視線に気付いた直人がこちらを向く。
「ああ、いや、器用だなって思っただけだよ。」
儚げ？色っぽい？
ないない！何考えてるんだ俺は。
相手は大の男だぞ、浴衣マジックにしても酷過ぎる。
「しんちゃんってさ、割と体格いいほうだよな。」
「ああ、まあそうかも。」
骨太とも言うが。
直人は上から下までじっと俺を見てからふっと笑った。
「浴衣とか着物ってそういう体型のほうが合うんだぜ。」
「道産子体型とか言いたいんじゃないだろうな。」
「違うって。かっこいいって言いたいんだよ。よく似合ってる。」
ごく自然だった。
いつもの芝居がかった囁きじゃない柔らかなその声にどきりとする。
夏の日差しに照らされて色素の薄い髪がきらきらと光る。
これはまずい。
背中にジワリといやな汗が浮かんだ。
何が悲しくて男と二人で互いの浴衣を褒めあったりしなきゃいけないんだ。
「と、とりあえず、もう行こう！」
俺は慌てて話題と視線をそらす。
これは浴衣のせいだ。浴衣マジックだ。
それ以上深い事は…考えないでおこう。
会場周辺はまだ日の高い時間だというのに結構な人出だった。
綿あめ、たこやき、リンゴ飴にお好み焼き。
各種屋台から美味しそうな匂いも漂ってくる。
便乗なのかコンビニまで普段レジ前で売っているような揚げ物を路上販売していた。
商魂逞しいこって。
そんな風景も人々のざわめきと併せてザ・祭りといった様相を醸し出している。
浴衣姿の人も結構いるなあ。
直人じゃないけど、浴衣の女の子はやっぱり可愛い。
赤やピンクの華やかな色合いが祭りの場に華を添えている。
「お。結構レベル高いな、この辺の子。しんちゃん、どの子に声かけてみる？」
直人は水を得た魚のように生き生きしていた。
笑顔がキラキラしている。
やれやれ。
こいつの女好きはやっぱり習性と呼ぶにふさわしい域に到達している気がする。
俺は結構面倒だと思うんだけどな。
「可愛い子がいい。」
見てるだけで目の保養になるような。
「それって、可愛い子だったらどの子でもいいって事？」
「うん。直人に任せるよ。」
「了解。」
いそいそと目当ての女の子に声を物色しに行く直人の背中を俺はぼんやりと見送った。
人ごみに紛れていく直人の白い浴衣が嫌に目についた。
ああ、あの淡い桃色と赤の浴衣の子にしたのか。
ちょうど2人連れだし。
リンゴ飴の屋台前にいた浴衣姿の女の子に直人が声をかけている。
あの端正な顔と耳に心地よい声で迫られると誰もが一瞬立ち止まらずにはいられない。
まあどうせ先のない付き合いだ。
だから俺としては相手は可愛ければ誰でもいい。
それは今日1日花火を一緒に見る程度の短い付き合いで、言葉通り裏も表もなくその時間遊ぶだけにすぎない。
って…この諦観の境地に至ったような考え方は良くないよな。
昔の直人とあんまり変わらないじゃないか。
相手を傷つけるような真似はしないにしても。
何となく、直人が昔女の子をとっかえひっかえしていた気持ちがわかった気がした。
別に傷つけたいわけじゃない。
ただ、諦めているから。
一番欲しい物を諦めて、満たされない隙間を他の何かで埋めて誤魔化して…でも結局空しくなって放り出す。
こんな時までナンパするなんて直人も満たされてないってのか？
そうでもないと思うんだけどなあ。
俺がしてやれる範囲じゃ足りないかな。
そうじゃなかったら何でナンパしてるんだろう？
ちなみに俺が諦めたのは普通である事。
普通に学生して、普通に恋をして、普通に彼女とか作って。
諦める決意をしたこと、悔いたりはしないけどたまに疲れなくもない。
はあ、と思わずため息が零れた時、ちょうど直人が振り返って笑顔で手招きした。
どうやら、ナンパ交渉は無事成功のようで。
直人が連れてきたのは文字通り可愛い子達だった。
一体どういう勧誘をしたらこんなにころっとナンパが成功するのか恐ろしい。
長い髪を綺麗にまとめて浴衣と同じ桃色の簪一つ。
二人連れの一人が俺を見上げて薄く微笑んだ。
まとめ髪の下に見える白いうなじが色っぽい。
そう、色っぽいっていうのはこういうのを言うんだ。
並んで歩きながら俺は一人納得していた。
前を行く直人ともう一人の女の子は何がそんなに楽しいのかというくらい盛り上がっている。
実際、俺も楽しかったけど。
他愛無い話で盛り上がり、一緒に屋台をまわり、具の少ない焼きそばに悪態付きながらも笑って食べて。
なんか久々に普通を満喫してる気がする。
色々文句も言ったけど、結果的には来て良かったな。
先ほどまで高かった太陽は次第に傾いて、空が青から茜へと色を変えていく。
行きかう人々はよりいっそう増えて、屋台に挟まれた狭い道は歩くのさえ困難だった。
慣れない下駄のせいか、あるいは想定外の人ごみのせいか彼女がよろけた。
慌ててその体を支える。
「大丈夫？」
「あ、うん。ありがとう。」
うわ、細っ！
それに柔らか！
やっぱり女の子っていいよな。
思わずぼーっとしそうになった時、彼女が言った。
「手、つないでもいいかな？」
「え？」
美味しい。
このシュチュエーションはまたとなく美味しい。
けど、どうだろ？大丈夫かな？
ちらっと前を見ると直人は俺達になど気付く気配もなく…楽しげに歩いている。
まあ、いいか。
「そうだね。また転ぶといけないし、はい。」
小さく頷いて差し出した手を彼女がとる。
手も小さいし、柔らかい！
綺麗にネイルの塗られた指先に、ああ女の子なんだなって改めて感じる。
それから俺たちはまた人波をかき分けるようにしながら歩いた。
手をつないでいるおかげではぐれることも転ぶこともなかったので、お互いの事を話したりもした。
割と気の合うタイプだ。
今日限りってのは惜しいなあなんてぼんやり思う。
空がいよいよ深い紺色に染まっていった。
ちょうど先を行く直人達が脇の道へと入ったので俺たちもそれに続いた。
花火大会の会場近くなのに、屋台のある道から一本裏に入っただけで驚くほど人が少ない。
ほっと一息つく。
すると連れの子が彼女に寄ってきて何事か囁いた。
彼女はそれに頷いて俺から俺を見る。
「あの…始まる前に、今のうちにちょっと…」
あ、トイレかな。
「わかった。いってらっしゃい。」
つないだ手をそっと離す。
ああ、勿体ない！
と、それを待っていたかのように直人が切り出した。
「じゃ、俺達もう行くから。そっちも花火楽しんで。」
は？
「そうね。残念〜。こんなことなら私たちも指定席取っておけば良かった。」
「俺も。君みたいな可愛い子と一緒に花火見られないなんて本当に残念だよ。」
何？
2人の間では話がついていたようでさっさと別れの挨拶が済んでいた。
直人は相変わらず調子のいい事言ってるし。
くるっとこっちに向き直った直人が俺を急かす。
「ほら、しんちゃん。もう始まるから行くぜ。」
「一緒に見ないの？」
「見ないの！」
ほらほら、と背中を押される。
「あ、じゃあせめて俺もさっきの子に挨拶…」
「いいから！」
ついに帯を掴まれてほぼ引きずられるような形でその場を離れさせられる。
ずるずると連れて行かれる俺に、片割れの子がじゃーねーと暢気に手を振っていた。
「ちょっと待て、直人。帯掴むな。離せってば。」
ようやく自由になったのは先ほど彼女らと別れた場所から結構歩いた所だった。
「どういう事だよ、直人。急にあんな。」
思わず不満が口を衝いて出る。
「最初からだよ。俺たちは花火大会の指定席券持ってるから見るのはあっち。彼女達はフリースペースで見るっていうから行くのはあっち。」
直人が正反対の方向を指さす。
「花火見るまでの待ち時間一緒に過ごそう、って誘っただけだぜ。」
「俺、聞いてない。」
「俺と歩いてたほうの女にしか言ってないよ。」
さらりと言われた言葉の数々に一瞬眩暈がしそうになる。
何なんだよ、その超短時間ナンパ。
しかも俺も俺と一緒にいた子もそれを知らないって。
「お前なあ…」
色々言いたいことがあったのに直人がそれを遮る。
「とにかく、行こうぜ。」
にべもないその態度と先を歩く背中から何か微妙にどす黒いオーラが見えるのは気のせいか？
あれ？直人、機嫌悪い…？
それからは終始無言の直人の後をただ着いて土手まで歩いて行った。
日はすっかり暮れて川を渡る涼しい風が下草を揺らしている。
なるほど、打ち上げ場所からほど近いスペースはしっかり囲われていてチケットを見せないと入れないようになっていた。
区切られた土手の一角に皆ビニールシートを敷いて思い思いに寛いでいる。
川辺にかけられた祭り提灯に火が灯り、柔らかなオレンジの光が川面に映ってはゆらゆらと揺れていた。
開会まであと少しといったところだろう。
直人はやや端っこのあまり人の多くない場所まで行くと入口で手渡されたビニールシートを敷いていった。
二人並んでそこに座る。
「もうすぐ始まるぜ」
やっと口を開いたか。
かれこれ20分ぶりくらい？
それもかなりぶっきらぼうに、だけど。
「なんなんだよ、直人。さっきから。」
「別に何でもない。」
いや、明らかに声が暗い。
断言できる程度には機嫌も悪い。
「こんな状態で花火見て楽しめないだろ？ちゃんと理由を言えよ。」
思わず俺の声も険を含んだものになる。
事情も聞かされず、別れの挨拶もさせてもらえずに強引に引きずってこられたのは決して気分のいいものじゃなかった。
「そんなに…」
「ん？」
「そんなにあの女と一緒に花火が見たかったのかよ？」
一応外だからか声は大分抑えているけど、その分闇が垣間見える。
久しぶりだな、直人のこういうの。
最近はなかったのに。
直人に連れられてナンパしたことも結構あるけど、毎回楽しく遊んで終わっていたはずだ。
「そんな事言ってないだろ。せめて挨拶くらいってしたかったってだけじゃないか。今回に限ってどうしたんだよ？」
「手、繋いでただろ。」
前髪が俯いた直人の表情を隠している。
「ん？ああ、だってあの子転びそうになってたし。」
「………。」
直人はそれ以上何も言わなかった。
ただ静かに沈んでいるのがわかる。
いたたまれなくなって俺はまじまじと自分の手を眺めた。
まずかった…のかな？
「全く。お前が選んで連れてきたんだろ？」
ぼやいた俺に俯いたままの直人が答える。
「しんちゃんが…可愛い女の子はいるだけで心が休まるとか言うから。だから…。」
言ったような気はする。
ただし、かなり前に。
「だからって一緒に花火も見ないのにナンパしてくるとは思わなかったよ。」
「俺はしんちゃんと花火が見たかったんだよ。」
呆れた俺に吐き捨てるような直人の声が返ってきた。
ん？
直人は俺と2人で花火が見たかった。
だけど可愛い女の子がいると俺が喜ぶから連れてきた。
で、やっぱり花火は2人で見たいから始まる前に別れた…って事か？
「わざわざ指定券持ってない子に声かけたのか？」
「当たり前だろ。」
即答された。
なるほど。
あのナンパは俺への接待だったのか。
直人って相変わらずわかりにくいというか面倒くさいというか。
「そんな不機嫌になるなら最初からナンパとかしなきゃいいのに。」
思いっきりため息をついて俺は狭いレジャーシートの上に寝転がった。
見上げれば空にはうっすら星もあるのに、直人はまだ足元の芝生を見つめている。
「そこは…俺の場所だと思ってたのに。」
ぼそりと呟きながら直人が俺の手に触れる。
「ナンパするって言えばしんちゃんも素直に浴衣着るだろうし、色々都合がいいと思ったんだよ。なのに、手繋いでるとか。」
直人なんか手を繋ぐ、じゃすまないようなことを沢山してきてるだろうに全く。
我が侭な奴め。
でも、そうか。
ここは直人の場所、か。
「悪い。気をつけるよ。」
「しんちゃんが悪いわけないだろ。俺が勝手に思ってる事だってわかってるよ。」
直人は完全にふてくされている。
「だったらさ、今後ナンパは無しな。色々面倒だし。俺は直人と一緒にのんびりしてる方が楽でいいや。」
うーんと寝転がったまま俺は伸びをした。
河原の風はそよそよと優しく涼しい。
「可愛い女の子無しでもいいのか？俺と2人で花火で？」
「いいよ。」
「女の子無しでも浴衣も着る？」
「着るってば。」
あ、いやどうかな。
それはさすがに面倒かも、と思ったけれど取り消すわけにもいかず。
「そっか。」
直人は大分浮上してきたようだ。
「しんちゃんの浴衣姿見たかったんだ。やっぱりすごく似合ってるよ、本当に。」
俺を見て柔らかく笑った。
それがあまりに自然で綺麗で一瞬言葉に詰まる。
いや、綺麗って直人相手に思うのはどうなんだ、本当に。
何と返すべきか戸惑っていた時、空に一瞬の光の明滅。
開始合図の花火。
「あ、直人！始まる。」
指さして誤魔化すことにした。
今度こそ直人が空を仰ぐ。
夜の帳の落ちた空に一筋の光が上っていく。
やがてそれは鮮やかな花弁となって広がった。
赤、青、白、緑。
暗闇に大輪の花が咲く。
「すっげ。」
その近さと迫力に2人して息をのんだ。
花火ってこんなに綺麗だったっけ。
打ち上げ場所から近いせいか。
降るような星空とか良く言うけれど、こっちも凄い。まさに光が降ってくるみたいだ。
俺は起き上ってシートの上に座り直し、空を見上げた。
もう1度、間隔を開けずに花火が上がる。
続いてどんという大きな音が周囲の空気を震わせた。
音まで大迫力だ、
不意に俺の手を掴んだままの直人が、それをぐいと引きよせる。
「わ。ちょっと。」
上にばかり気を取られていた俺はよろけて直人の胸に倒れこむ形になった。
「外でこういう事するなって。」
離れようとしたけれど直人は手を緩めない。
代わりにささやき声が降ってきた。
「大丈夫だって。皆空しか見てない。誰も気付かないよ。」
そういう問題じゃないだろうと抗議の声を上げようとした時、また花火が上がった。
俺は文句も忘れて空に見入る。
周囲の人々もまた上だけを見ていた。
本当に直人の言う通りだと苦笑する。
きっと誰も気付かない。
それならまあ、今くらいはいいのかな。
仕方ない、と抵抗を諦める。
「っていうか、この姿勢でお前花火見えてるのか？」
俺の頭が邪魔で良く見えないんじゃないかと思うんだけど。
「大丈夫…。」
直人がそう言ったので視線を空へと戻した。
また一つ眩い光が花となる。
さっきまであんなに暑かったのに今は川から吹く風はいっそ冷たい程で、触れる直人の体温が心地よかった。
「綺麗だな。」
直人が囁く。
「そうだな。正直ここまでとは思わなかった。なあ、でも見えにくいだろ。俺どこうか？」
「大丈夫だよ、本当に。俺には花火………が見えてる。……綺麗だ。」
「？？？」
背後で何か直人が呟いた気がしたけれど、それは花火の音にかき消されて俺の耳には届かなかった。
「俺には花火に照らされたお前がちゃんと見えてる。そっちの方がずっと綺麗だ。」
| ＳＳＴＯＰへ |
|