| Troublesome Santa Claus |
｢なっ！頼むっ！｣
｢なんだよ、急に。｣
寮の廊下で突然同じ学科のヤツに捕まって頭を下げられる。
ついでにパシっと両手を合わせて拝まれた。
絶対ロクな用事じゃないだろ･･･？
嫌な予感がしつつも無視するわけにいかず、俺はため息交じりに聞いてみた。
｢明後日の２４日･･･｣
｢うん？｣
｢バイト代わってっっ！｣
もう一度深々と頭を下げるそいつを見下ろした。
２４日ってクリスマス・イヴってやつだよな？
｢･･････なんで、俺に言う？｣
｢えっと･･･。｣
答えに窮したらしい。
まあ俺は先日寮の廊下で繰り広げた一件で“彼女いません”もしくは
“彼女取られました”を宣言したようなものなんで仕方ないけどな。
｢いいぜ。代わっても。｣
別に用もないし、むしろ金が必要だし。
｢マジ？助かるー。この前、初めてデートに行った記念日とかいうのすっかり忘れててさ。
クリスマスになんとか挽回しないとヤバイんだよ。｣
｢はいはい、わかったから。昼飯２回で手を打とう。｣
｢取るのかよ！｣
｢当たり前だろ。それで破局の危機から逃れられるんならありがたいと思え。｣
｢あ、ああ、まあ･･･助かったよ。出来るだけ安いメニューで頼む。じゃあな！｣
去って行く友人の姿を眺めながら俺はぼんやりと呟いた。
｢クリスマスねえ･･･。｣
そういや、今年は何も言ってこない。
あのイベント大好きなヤツがどうしたんだろ。
とはいえ、クリスマスだからと浮かれて騒ぐ気分でもないし忘れててくれた方がありがたいか。
向こうから何も言ってこない以上放っておくのが一番いい。
そう結論付けて俺は足早にその場を立ち去った。
そしてクリスマス当日。
当日、という言い方は本来変なんだけど、イヴなんだから前日だ。
俺は代わってやったバイトを終えて寮に戻ってきた所だった。
色鮮やかなイルミネーションと、ケーキ販売の掛け声と幸せそうなカップルに溢れた街を
一人で歩くのは少し寂しいものがある。
挙句寮に帰っても向かいの部屋の明かりは消えたまま。
あいつ、どこ行ったんだろ？
昨夜会った時も、今朝も特に何も言ってなかったしなあ。
もうすぐ時計の針が明日を指そうという時間なのにどこへ行ったやら。
この前言ったばっかなのに、もう女の子泣かすような真似してるんじゃないだろうな。
…･･････有り得る･･･。
｢ううっ、寒っ･･･｣
いろんな意味で寒い。
冷え切った自室に戻り、電気をつけるより先に手探りでエアコンのスイッチを探す。
部屋の中だってのに吐いた息が白く見えた。
このエアコン、古いから暖まるのに時間かかるんだよな。
俺はコートも脱がずにベッドの端に座り込む。
クリスマスだからって騒ぐ気はないけど、何もないのもつまんないな。
放っておいてもイベントになると騒ぎ出す直人がいないのは、拍子抜けするというか･･･。
別に寂しいってわけじゃないぞ。･･・たぶん。
そうしている間にどうにか部屋も暖まってきた。
明日もバイトだ。
あんまりぼんやりしてても仕方ない。
とりあえず準備もしなくちゃいけないと立ち上がり、
コートをハンガーにかけて鞄を机の上に放った所で何か物音がした。
コツコツと硬い物を叩く音。
｢ん？｣
振り返ったそこには窓があるだけだ。
｢ここ、２階だよな…？｣
思わず確認せずにはいられない。
もう一度、音がした。
細くて硬い物で窓を叩いているらしい。
お化け？泥棒？
どっちにしろそんなものがご丁寧に窓を叩くわけない。
それよりこれ、どうにも覚えのある光景のような気がする…。
｢まさか、な。｣
俺は思い切ってカーテンと窓を開け放った。
｢！？｣
そこにはサンタクロースがいた。
もとい、サンタクロースの格好をした直人が窓の外の木にしがみついていた。
｢よ。しんちゃん！メリークリスマス！｣
絶句する俺をよそに直人は上機嫌でウインクしてみせる。
｢な、直人…！？お前、何やってるんだよっ！｣
｢何って…愛のサンタクロース。｣
違う…。
何やってるかってそういう意味じゃなくて…。
…コレがいなくて寂しいなんて絶対思うもんじゃないと改めて思わされる。
｢なかなか窓開かないからどうしようかと思ったぜ。
さすがの俺もここで一晩なんてなったら風邪引きそうだしさ。｣
｢……お前なあ…。｣
何か言ってやりたいけど、言葉にもならない。
一気に疲れた俺に直人が何か白いビニール袋を差し出してきた。
｢それよりしんちゃん。これ…持って。｣
木に掴まったまま片手を離す体勢はどうにも不安定で、
俺は慌ててそれを受け取って机の上に放り投げた。
｢わかったから、早く入れよ。危ないだろ。｣
ここから落ちたら、どんなに運が良くたって怪我する。
俺は直人を受け止めるべく、目一杯窓から身を乗り出した。
｢大丈夫だって。｣
その笑顔が信用出来ない。
大体、窓が開かなかったら一晩って言ってる時点で降りる想定してないだろ？
｢ほら、早く来ないと閉めるぞ。｣
｢わかったってば。よ…っと。｣
直人がこちらに向かって身を乗り出した時、足をかけていた枝が大きく軋んだ。
大の男一人支えるのって結構無理がある。
咄嗟に直人の体を掴んで引っ張り、そのまま後ろへ倒れこんだ。
ドサっとかゴンっとかかなりいい音がしただけあって、俺は床にしたたか頭を打ち付けていた。
｢っつ〜…！｣
ついでに乗っかってる直人が重い。
｢しんちゃん、大丈夫か？｣
暢気なサンタが覗き込んでくる。
大丈夫じゃないとかバカとか色々言ってやろうと体を起こしかけたところで、俺は言葉を失った。
直人の肩越しに見えた窓の外では、さっきまで足場にしていた枝が折れて風に揺れていた。
あと少しタイミングが悪かったら･･･。
｢しんちゃん…？｣
｢…あんまり…心配ばっかりさせるなよ…。｣
半ば呆れ半ば安堵し…俺は直人を思い切り抱きしめた。
やっぱりどう足掻いても、コイツには振り回される運命なのかもしれない。
でも………無事で良かった。
抱きしめたサンタのふわふわした衣装が温かかった。
その事にもう一度ほっとする。
クリスマスのたびに危険なことしててどうするんだよ、全く。
｢しんちゃんってさ…｣
俺の背にそっと手を回しながら直人が呟いた。
｢うん？｣
｢いつも何でも一生懸命だよな。｣
｢…そうか？｣
自分じゃそうでもないつもりなんだけどな。
直人に関して、というなら巻き込まれて振り回されて一
生懸命にならざるを得ない状況にされてるだけのような気がするんだが。
そこで直人がいつもの如く甘く囁いた。
｢そういうとこ、やっぱり好きだなあ、って。｣
｢なっ…！｣
ばりっと音がしそうな勢いで直人を引き剥がす。
相変わらず油断も隙もないっ！
窓を開け放していたおかげですっかり部屋は冷え切っていたし、
ちょっと離れがたいぬくもりではあったけど、ここでほだされるとあとが危ないからな。
｢大体、何でわざわざ窓から来るんだよ？｣
｢サンタクロースってドアから入って来ないもんじゃん。｣
だからそういう問題じゃ…。
しれっと答えた直人は、次の瞬間机の上を見て大声をあげた。
｢あー！しんちゃん、箱投げたろっ｣
｢わ！窓開いてるんだから騒ぐなっ！｣
夜中だし、この前騒ぎ起したばっかだし！
慌てて窓に駆け寄る。
窓とカーテンをきっちり閉めてから振り返ると、直人は箱を開けて、あーあと呟いていた。
｢何だったんだよ、それ。｣
一緒に覗き込んだ俺も、あーあと言いたくなった。
一人か二人用の丸くて小さいデコレーションケーキ・・・だった物がひっくり返っていた。
｢せっかく崩れないように頑張って木登ったのに。｣
｢ケーキ持って木から来るなよ…。しかも、こんな格好で。｣
｢あ、これはバイトで着ててさ。急いでたからそのまま来たけど、似合うだろ？｣
真っ赤な上下に白い飾りの付いたサンタ服とお馴染みの三角帽子をつけた直人は
少し可愛いというか…確かに良く似合っていた。
とはいえ、素直にそれを認めるわけにもいかない。
認めたらなんか俺が道踏み外しそうだし。
｢そんな急ぐことないだろ。着替えてくればよかったじゃないか。｣
｢でもさ、日付が変わった瞬間、一番にメリークリスマスって言いたかったんだ。｣
自覚があるのかないのか、口説いてるのか懐いてるのかわからない態度で、
時折直人が見せる柔らかな笑顔はいつも俺の胸の奥をざわつかせる。
とりあえず話題を変えて誤魔化したくなるくらいには。
｢ケーキ…食おうぜ。味は変わらないだろ。俺もさっき帰ってきたばっかりでさ、夕飯食べてないし。｣
｢そうだな。」
｢あ、でもフォーク1本しか付いてないか。」
｢大丈夫だって。」
言うなり直人は崩れたケーキを器用にフォークに乗せて俺に差し出した。
…嫌な予感…。
｢はい、あーん？｣
｢なんでそうなるんだよ！｣
｢いいだろ、クリスマスなんだから。｣
よくないし、クリスマス関係ない。
でも、悲しいかなここで押し問答してても終わらないのは過去の経験から実証済みだ。
｢ほら、口開けて。｣
もう一度言われてしぶしぶ直人に従った。
口の中に甘いクリームの味が広がる。
｢あ、けっこう美味い。｣
｢だろ？人気店のケーキだって聞いてさ。｣
やっぱり直人はクリスマスやりたかったのかもな。
人の事情なんか無視して突っ走り気味だったこいつが俺を気遣ったかと思うと少し嬉しくもあった。
それでも結局直人の思惑通りに驚かされたり慌てさせられてる気もするけど。
お互い、いい方向に変わっていけるといいよな。
小さなケーキは２人であれこれと話しながら食べているうちにあっという間になくなった。
ささやかなクリスマス。
こういうのも悪くない。
｢さて、と。｣
おもむろに直人はポケットから小さな包みを取り出すと、それを放って寄越す。
｢わ。何？｣
赤い包みに緑のリボン。
これはどう見ても…。
｢しんちゃんに、愛のサンタクロースからクリスマスプレゼント。｣
｢あ、悪い。俺…｣
今年も用意してないや。
そもそも、直人がクリスマスについて何も言ってこなかったってのもあるし、
直人の場合誕生日が４日後だから両方やれってのはちょっとキツイんだよな。
｢いいって。これは俺が好きでやってる事なんだからさ。｣
直人は全然動じた様子もなかった。
俺が用意してないのなんて最初から予想がついてたのかもしれない。
付き合い長いと色々パターン読まれてるな。
｢うん…まあ…サンキュー。｣
だけど一応、今年は誕生日プレゼントの方は用意してる。
絵に描いたような苦学生の俺としてはそこそこ頑張ったつもりだ。
直人のことだからクリスマス同様期待はしてないだろうし、当日驚かせてやろう。
自然とこぼれた俺の笑みをどうとったのか、直人も微笑む。
｢じゃ、開けちゃうぜ。｣
せっかく貰ったんだからと綺麗な包みを解くと、中からシルバーのリングが出てきた。
シンプルなデザインで男がつけてもそう問題なさそうだ。
｢つけてみろよ。｣
｢うん。｣
今回はつけてやるぜとは言わないんだな、と思いながらリングをはめてその意味がわかった。
｢あ、ぴったり。｣
｢だろ？｣
楽しげに直人が言う。
計ったわけでもないのによくサイズわかるよな。
改めてこいつの伊達男っぷりを痛感させられた気がした。
俺が直人を驚かすのってなかなか難しいんじゃないか？
……なんだか段々流されつつある気がするし…大丈夫かな。
物に想いが宿るとまで言う直人から贈られたリングの内側に、
ばっちり二人の名前が刻まれている事に俺が気付いたのはそれから暫く後の事だった。
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