A blunt person. お菓子会社の陰謀の日、バレンタインデー。 わかっていても、1つくらいは一応欲しいというのが本音の日…。 放課後の教室で草凪八雲はそれなりの収穫をもって上機嫌だった。 女性陣からは一応全員、義理チョコを頂戴したのだ。 先程も光が元気いっぱい駆けてきて、館脇と八雲の二人にチョコを押し付けるような勢いで 渡して去っていったところだ。 「やくもん…わかってると思うけど、光はお返しが大変だよ？」 館脇が悟りでも開いた人のように遠くを見て呟く。 日頃の苦労が偲ばれて八雲は苦笑した。 「ま、いいんじゃない？お祭りみたいなもんだしさ。」 館脇が少し黄昏ているのは3倍返しともなりそうな光へのお返しが恐ろしい以外にも理由がある。 (今までずっと、ミッチーにしかチョコ渡してなかった光が俺にくれてるの、フクザツなんだろうなあ。) 普段迷惑そうにしているのに、いざとなると気になって仕方ないらしい。 微笑ましい、などと言ったら確実に怒られるだろうがそんな二人を八雲は羨ましく思った。 と、その時教室のドアが静かに開いて結崎が入ってきた。 いつもの元気はどこへやら、疲れきった様子だ。 彼はちらりと二人を見、その手に収まったチョコレートを確認すると余計にがくりと肩を落とした。 毎年のことですっかり慣れきった光景に館脇が掛ける言葉もなく、苦い笑いを浮かべる。 「ん？亮、どした？」 八雲の方はよく事情がいまいちわからずきょとんとしてしまう。 確か、昼休みにはえらく張り切ってどこかへ飛び出して行ったというのに何を落ち込んでいるのだろうか。 そして、去年は夕からチョコが貰えたと大威張りで戻ってきたものだ。 「い、いやなんでもない。」 ところが、結崎は余程動揺しているらしく、目が泳いでいる。 「ん？」 その手にひっそりと握られたチョコレートの包み紙に気付いて、八雲は表情を和らげた。 「なんだ、ちゃんと貰えたんじゃん。」 「え、いや、これは…。」 慌てて隠そうとされたりすると余計に気になる。 八雲は結崎の後ろに回り込んだ。 「えー、別に見せたって減らないだろ？…あ、これ…ダミーチョ…モガモガっ！」 言いかけた所で後ろから館脇に押さえ込まれた。 「しっ！やくもん、世の中には知ってても言っちゃいけないこともあるんだよ。」 小声で囁かれて小さく頷く。 聞いてはいけないらしい。 もっとも、結崎の手に握られているのがダミーチョコである時点で今日何があったかは想像に難くない。 というより、何もなかったというべきか。 教室でチョコを抱えた二人を目の当たりにして余計にがっかりしているところなのだろう。 結崎はもう1度、館脇と八雲の二人を見ると、大きくため息をついた。 「はぁ〜、なーんでお前らはよくて、おれは駄目なんだろうな。」 「亮、軽そうに見えるし。」 「相手、誰でもいいって感じするよね。」 「ぐっ！」 期待した慰めの言葉と反対に、傷口に塩を塗りたくられるようなツッコミを入れられて結崎は派手に凹む。 余程痛い一言だったのか倒れこむように近くの椅子に腰掛ると、八雲を見上げて文句を言った。 「そんなこと言ったら、やくもんの方がよっぽど軽そうだろーが！」 「ああ、それはそうかもしれないね。」 館脇があっさりと同意する。 「ミッチー、どっちの味方だよ…。」 「だって、どっちもどっちかなって。」 館脇の言に少し呆れた八雲だったが、そうだなあと小さく呟いた。 理由はわかる気がした。 結崎より八雲の方が楽なのだ。 勘違いしないから。 結崎はチョコなんか貰った日には“あの子、オレに気がある”と言い出しかねない。 しかもかなりのハイテンションで。 それに比べて四六時中、老若男女問わずの八雲ならこれといって何が起きるわけでもない。 要は結崎以上に“対象外”なのだ。 だからといってそれを今、目の前の二人に言う必要はない気がした。 「自分だけ違うような言い方するなよ。 ミッチーだって世の中からはボンクラ三人組だと思われてるんだからな？」 「うっ…ボンクラ…。」 今度はその一言に館脇が沈む。 品方向性の真面目学生を目指す彼にとっては結構なダメージだったようだ。 「まあ、俺のは全部義理だからさ。」 凹む結崎を慰めようとしたが、彼はなんだかイラついた様な仕草で前髪をかきあげた。 「いや、いーんだ。わかってるんだ、本当は。貰えなかったワケ。」 それはおそらく、夕から貰えなかった理由という事だろう。 「え、そうなの？」 意外な発言に八雲が目を丸くする。 何か嫌われるような事でもやらかしたのだろうか？ いくら軽くても結崎は八雲のように相手構わず触ったりはしないだろうに。 「…多分、他に好きな奴、いるんだ。だから…。」 苦しげな告白に二人は言葉を失った。 夕も学院に入って大分経つ。 他に好きな相手が出来たとて仕方ないだろう。 八雲と館脇は今度こそどう慰めたものかと顔を見合わせてしまった。 「ま、まあ…女の子は夕だけじゃないし。」 絶対何の足しにもならないような言葉しか思いつかない。 だが、結崎は力なく首を振る。 「……そうじゃなくて、おれの方。」 「え？」 再びきょとんとした八雲と対照的に、なるほどと館脇が頷く。 こんな時、八雲は少しだけ館脇が羨ましくなる。 郷に居た頃、結崎と八雲は自他共に認める親友だったが、 離れていた時間の長さは確実に溝を作っていた。 館脇ほどには結崎の気持ちを量れない自分を歯がゆく思うのだ。 「亮は今、本気で好きな子がいるって事だと思うよ。」 館脇がそう言うと、結崎は自嘲気味に呟いた。 「好きになんかなるつもりじゃ、なかったんだけどなあ。 顔はいいけど、性格悪いし、自分勝手だし……でも、気付くと目で追ってるんだ。そいつの事ばっかり。」 「亮……。」 彼の切なげな様子に八雲は言葉を失った。 きっと本気なんだろう。 彼は常にハイテンションで、唐突に愛だ！とか叫び続ける傾向にある。 それがこんなに苦しそうな顔を見せるなんて相当参っているのかもしれない。 少なくとも、ネタを握ったら最大限遊びそうな八雲の前で弱音を吐く程度には。 八雲は少しだけ今までの悪戯の数々を後悔した。 結崎の事はかなり好きだ。 小さな頃から気が合ったし、引っ越すと聞いた時はとても悲しかった。 また再会出来て嬉しかったし、からかうと面白いという事実も発見した。 頼れる仲間であり、最高の親友だ。 恋愛優先タイプの結崎が八雲を構わなくなっては寂しいと思って今まで全力で彼の恋路を邪魔してきたが、 今回ばかりはそれは酷だと思った。 悲しい顔をさせておきたいわけじゃない。 「亮。今までからかいまくってゴメン！俺、亮の恋愛、全力で応戦するから！！頑張れよっ！」 意を決して八雲がそう言うと、結崎は静かに俯いた。 その肩が小刻みに揺れる。 「ナニナニ？親友の暖かい励ましに感激した？」 近寄って顔を覗き込むと真っ赤になっている。 「？」 「やくもん、お前…。」 地を這うような低い声だった。 何かを堪える様にそこで1度区切った結崎は、大きく深呼吸をした。 次の瞬間、手持ちのダミーチョコで思い切り八雲の頭をはたく。 「こぉんの、自己中ヤローー！！」 パキっとチョコの砕ける音がした。 「ってーー！何すんだよっ！人の好意を踏みにじるのかお前はっ！」 一大決心をして応援したはずが、むしろ喧嘩を売られて八雲も頭に血が上った。 抱えていたチョコを隣の机に置くと結崎に掴みかかる。 「好意？好意だって？散々人のこと振り回しといて、今更それはねぇだろっ！！」 結崎も何故か相当腹を立てている様子だ。 2人は最早当初の目的が何だったか忘れて殴りあいに発展していた。 殴り飛ばされた八雲が後ろに吹き飛び、机がいくつか倒れる音が教室に響き渡る。 並居る天魔を薙ぎ払ってきた2人が喧嘩を始めれば教室内が無事で済むわけはない。 そして、常ならばそんな2人の暴走を止めるボンクラ三人組のもう1人、館脇道文は 殴りあう2人を前に青ざめていた。 結崎との付き合いの長さと仲の良さは八雲よりも深いものがある。 元々の聡明さも手伝って人の気持ちが良くわかる。 だからこそ 「な、なんか…今の亮の言い方って…。亮の好きな子って…まさか…。いや、でもそれは…。」 気付きたくない事に気付いてしまう事もあるのだ。 チョコ会社の策略に乗って恋を実らせる日、バレンタインデー。 草凪八雲は貰った大量のチョコの中に本命チョコがあった事に全く気付いていなかった。 他人に愛を振りまく事には慣れていても、人から好かれる事は想定していない。 そんな彼が親友の悩みに気が付くのは、まだまだ先の話だった。
	ＩＮＤＥＸ あとがきＴＡＬＫ 結崎×八雲。 バレンタインネタです。 時系列が色々おかしいのは自覚してるので、突っ込まないでいただけると嬉しいです。 結崎が八雲を好きになったら・・・きっと苦労すると思います。 (私的な勝手解釈の)八雲は愛を振りまくだけ振りまいておいて、相手に好かれる事は想定してなさそう。 しかし、というかそもそもというか・・・結崎×八雲ネタ好きな人っているのかな？ なんだかドマイナー街道をひた走っているようで・・・結構不安。 まあ、それでも好きだからついつい書いちゃったりするのですが。 今回もSS書こうとして月光録の回想モード(主に結崎EDとか)を見て一人で萌え萌えしておりました。 いいセリフとか多いんだけどなー。