seedling child 〜剣持Ver〜 近代的な造りの月詠学院。 その中で一際異彩を放っているのが旧校舎である。 数年前に色々あったらしいが、それは今の生徒達の知るところでなく 、単なるお化け屋敷モドキとしか思われていない。 実際、変なうめき声が聞こえたとか化け物が出たという噂に事欠かないため 近付く生徒はほとんどいなかった。 そして、その“ほとんど”に当てはまらない生徒が一人、旧校舎の塀にもたれて空を眺めていた。
	｢…おい、こんな所で何してる…？｣ ぶっきらぼうな呼びかけに八雲が視線を空から戻した。 ｢あれ、昴生？｣ ｢……相変わらずだな。｣ 八雲のふざけた態度に気分を害した風でもなく、剣持は僅かに口の端をあげた。 慣れないうちはわかりにくいがそれは彼なりの微笑であり、 八雲にしか見せない貴重なものである。 ｢で、何をしていたんだ？ここは時折天魔が出るぞ…。｣ ｢ちょっとね、待ち人来ずって感じ。｣ 剣持は幼い頃に受けた実験のせいで感情に欠落がある。 他者を思いやり、他者とわかりあう…そんな力が著しく欠けている…はずだった。 その割に今の言葉は八雲の身を案じているようにもとれる。 付き合いも長くなり、慣れてくると短い言葉の端々やら、 ちょっとした表情の変化から彼の心情がある程度掴めるようになっていた。 だから、やはり今の言葉は八雲を案じての事だろうと思えたし、そう思いたくもあった。 ｢何を…待っていた？｣ 重ねて問われて八雲が笑う。 ｢だから、天魔だよ。コレ、使えないか試してみようと思って。｣ そう言って足元のバットを指差した。 ｢これは…。｣ 剣持が眉を顰める。 一見何の変哲も無い野球用のバットだが、その表面には何重にも札が巻きつけてある。 ｢例の時にさ、伊達先輩がお札バットで天魔撃退した！って噂があるんだよ。 伊達先輩に出来るなら、俺でも使えるかなーと思ってさ。｣ ｢それは噂だろう…？もし、効果が無かったらどうするつもりだ？｣ ｢心配ありがと、昴生。でも、効果なかったら全力で逃げるから大丈夫。 念の為売店で色々買ってあるし。｣ ニッと笑って八雲は制服の中から対天魔用のアイテムを取り出す。 その姿に剣持が苦笑した。どこか柔らかい笑みだった。 ｢全く…変わらないな。…その…前に進む強さも…。｣ ｢だからさ、天魔出たら一発ガツンと殴ってやろうと思って待ってたんだけど、 待ってると出てこないんだよなー、コレが。｣ ｢心がけはいいが…今度やる時は俺を呼べ。｣ ため息交じりに剣持が呟いた。 ｢…え？｣ ｢効果が無かったときに、天魔に追われながらお前が校舎に逃げ込んでくる方が迷惑だ。 側についててやる。｣ 言い方はぶっきらぼうだが、その表情は常よりいくらか和らいでいるように見えた。 ｢こーせー、愛してるぜっ！｣ 嬉しくなった八雲はそのまま剣持に抱きついた。 ｢うわっ！…なんでそう、いつもいつも、突飛な行動を！離れろ！｣ 剣持が手持ちの刀を抜きかけたので八雲は慌てて身を翻す。 瞬時に剣の間合いから飛びのく速さは験力を失っても変わらない。 ｢ちぇ、つまんないのー。｣ 結構本気の殺気を感じたが、それでも八雲はいつも通りの能天気な笑顔を浮かべていた。 ｢……ふん。｣ 漂う空気がいかに物騒でも二人にとってはじゃれ合っているのとさほど変わりが無かった。 少なくとも八雲はこれが剣持なりの友好の表し方なのだろうと思っていた。 (【悩】でも、わかりにくいから普通の人からは誤解されまくりなんだよなあ。) ため息混じりに八雲がまた視線を空に戻したとき、おもむろに剣持が口を開いた。 ｢…卒業したら天照郷に帰るのか…？｣ ｢ん。そのつもり。｣ あまり言いたい話題でなかったので短く答える。 剣持は表情一つ変えずにもう一度口を開いた。 ｢理由は？｣ 何の含みも無い直球な尋ね方だった。 それが逆に心地よく、八雲も自然に返すことが出来た。 ｢ん〜、お前のトコはどうか知らないけど、 俺は孤児でさ、生活費から学費から全部天照郷が出してるんだよ。 だから、卒業したらその分返さないといけないわけ。｣ ｢…帰りたいのか？｣ ｢え？｣ 少し驚いた。 帰るかどうかと彼が問うのはわかる。 だが、帰りたいかどうか、というのは八雲の気持ちの問題だ。 他人の心を剣持が気にすることが意外だった。 ｢あー…いや、うん…。帰りたくはない…かもな。 あそこって閉鎖的だし、じーさま達は養ってやってるんだって押し付けがましいし。｣ 驚きのあまり、言うつもりのなかった本心が口をついて出てしまう。 剣持の前ではあまり虚勢を張る必要がない気もしていた。 ｢……ふん。なら、帰らなければいいだろう？｣ ｢あ、いや、でも…。｣ 真っ直ぐに八雲を見つめる曇りの無い瞳に困惑する。 ｢借りならお前は返したはずだ。自分を犠牲にするような真似をしてまで戦って、 挙句に験力を失った。…それで足りないなどと言わせるな。｣ ｢昴生……。｣ 間違いなくどう考えても彼が八雲の事を考えてくれているのは事実のようだ。 ついでに目から鱗。 ｢そうだな！よーしっ！来年、戻って来いって言われたら全力で郷の連中にそう言ってやる！ んで、抵抗されたら地の果てまでも逃げ切ってみせる！｣ 未来の展望と、それから副作用を超えて案じてくれる友情が嬉しくて八雲はガッツポーズをした。 ｢ふん、地の果てまでも、か。…お前らしいな。…必要なら俺もつきあってやる…。｣ ｢…え？｣ 更に予想外。 まじまじと見つめると剣持はいつものように目を伏せて「…ふん。」と小さく呟くばかりだった。 ｢昴生のこと、俺が必要ないって言う事有り得ないけど？｣ ｢…それならそれで…構わない…｣ 力強い味方も出来た。 前途は洋々。道行きは明るそうだ。 ｢こーせー、大好き！愛してるぜっ！｣ ｢……ふん。｣ 今度は八雲に飛びつかれても動じなかった。 代わりに少し微笑む。 遠くから始業を知らせるチャイムの音が聞こえてくる。 春の日差しがぽかぽかと暖かかった。 ＩＮＤＥＸ あとがきＴＡＬＫ 剣持×八雲。 結崎と同じネタをこの2人でやったらどうなるかなーとか思ってたんですが、この2人の方が上手くいきそうだ・・・と思ってしまいました。 なんか、剣持って八雲の事凄く好きっぽいですよね。 でも、その好きを自分でもちゃんと気付いてないっていうか、もちろん表現する手段はないわけで・・・それでも八雲には伝わってたりしそうだなーとかとか。 なんかずっと対等でいい関係を築けそうな気がします。 しかし、ラブっぽくないですね。 プラトニックでいいんじゃないかなあ。 とりあえず幸せになれそうな2人だと思います。