| ＯＭＡＫＥ |
大概の事には対処できる自信がある。
そうやって生きてきたから。
だけどその時は完全に不意をつかれた。
俺から渡されたチョコの包みを解いていたはずのしんちゃんが何故か振り返ってこっちを見た。
その表情がすごく優しげで、しかもそれは俺に向けられているんだって事に気付いたら
何も考えられなかった。
挙句に抱きしめられるとは思いもしなかった。
｢ええっ！？…しんちゃん……？｣
意外だった。
しんちゃんは俺の手を絶対振りほどかない。
そのかわり、向こうから触れてくることはまず有り得ない。
俺としたことがその“有り得ない”事態に動揺するばかりで対処が遅れた。
きっと傍からみたら相当マヌケな顔、してただろうな。
「直人…。」
囁く声がいつになく優しい。
っていうよりも、しんちゃんが囁くのなんか普段聞いた事ないし。
空いた方の手が俺の髪を撫でる。
何か大事な物にでも触れるみたいにそっと。
きっと大した時間じゃなかったんだろう。
ほんの1分くらいかもしれない。
でも、俺にはひどく長く感じたし、その割に何も出来ずにただされるがままになっていた。
真っ白な頭の片隅で、これってチャンス？と考えないでもなかったけど。
何よりももう少しこのままでいたかった。
けれど、しんちゃんは触れてきたのと同じくらい唐突にぱっと俺から手を離した。
自分のした事に照れたのか、一瞬気まずそうに苦笑する。
「じゃあ、俺荷物部屋に置いてまた来るから。これ、チョコだって言ったよな？
俺の部屋冷えてるし、これも向こうに置いとくよ。」
言い終わった頃には、もういつものしんちゃんに戻っていた。
手早く荷物をまとめて部屋を出て行く。
俺はといえば、閉まるドアを眺めてぽかんとするくらいで。
これから一緒に寝るのに。
一晩一緒だってのに…しんちゃんは全ッ然意識してない。これっぽちも全く。
あんな中途半端に抱きしめて、何だかわからないけど自分だけ満足して…俺はどーするんだよっ！
叫びだしたい気持ちをどうにか抑え、とりあえず部屋の窓を開け放った。
凍るように冷たい夜の空気が一気に部屋に流れ込んでくる。
もうすぐしんちゃんが戻ってくるだろうし、頭を冷やすにはちょうどいい。
「あーあ…。」
窓に片肘ついて夜空を見上げる。
星もない空に向かって思わずついたため息は予想外に大きかった。
後ろでドアの開く音がする。
「直人、もう寝よ……って、寒っ！あっ！何で窓なんか開けてるんだよ？！
こっちの部屋暖かいから来たのに。」
直後に響く抗議の声。
誰のせいだ？と文句を言いたいのはこっちだけど、言うわけにもいかない。
しんちゃんとの付き合いはまだまだ先が長いらしい…。
ついでに今晩一晩きっと凄く長い…。
俺はもう1度深い深いため息をついて窓を閉めた。
…その晩数えた羊の数は過去最多を記録した。
ＳＳＴＯＰへ
|