| Happy Happy Birthday？ |
年の瀬も押し迫った12月末。
寮までの帰り道、せわしない商店街を俺は1人でぼんやりと歩いていた。
今年の冬は寒い。
吐いた息が白かったのを見たら、余計に寒い気がしてマフラーを巻きなおす。
まあ、こんな景色も今日までか。
明日には実家に帰るわけだし。
年末年始もバイトにしようか迷ったけれど、それもなんだかなと思って。
親父達は相変わらず忙しくて帰って来ないみたいだから、
ばーちゃんに1人で年越しさせるのも可哀想だし。
いつもコタツから離れないあの姿を思い出したら、なんだか急に懐かしくなった。
あ、ばーちゃんに何か適当に土産でも買って帰るか。
何がいいんだろ？
和菓子とかそういうのか？
小さな商店街だから、店はすぐに見付かった。
少し古びた屋根のいかにも家族経営な店。
「なんか適当に、日持ちしそうなのを詰めてください。1500円くらいで。」
時給にして2時間分。
ごめん、ばーちゃん。それくらいで許して。
店の人に詰めてもらった包みとお釣りを受け取りながら、
レシートと違う紙が紛れているのに気が付いた。
そんな俺の態度に気付いたのか店の人が笑顔とともに一言付け加えてくれた。
「今、抽選会やってますから、よろしかったら是非。」
ああ、福引ね。
そういや、年末年始は多いよなあ。
軽く会釈して店を後にした俺は、とりあえず抽選会場へと向かった。
タダだから一応やっとこう。
俺、あんまりくじ運良くないからティッシュとかになりそうだけど。
抽選会場は商店街の一角にあった。
最近はスロットゲームみたいな抽選も多いけど、ここのはレトロに回すやつ。
少し遅い時間帯だからかほとんど人はいなかった。
すぐに順番が回ってくる。
ちょっと懐かしい気がして、ついでに1等ハワイ旅行にも目がくらみ、気合を入れて１回転。
「えいっ！」
コロコロと転がり出てきたのはおなじみの白い玉だった。
結果を言われなくてもわかっちゃうのが悲しいが、ハズレってやつだ。
「残念でしたー。参加賞をどうぞ〜！」
「はあ･･･。」
ちらりと目をやると積まれた参加賞の山。
１００均あたりに売ってそうな、花瓶というか一輪挿しというか。
高校時代に幸運の壷とか部屋に置いてた人間の言うことじゃないが、ハッキリ言うといらない。
ティッシュの方がまだ実用性あるぞ？
しょぼすぎる。
しかもご丁寧に花柄の包装紙で包んであるところがなんとも。
何に使えって言うんだかなあ。
寮に着いたときには体がすっかり冷え切っていた。
自分の部屋に戻ってエアコンが効くのを待つのは気が乗らない。
少し考えて、俺は向かいの部屋を見た。
ドアの下から微かに明かりが漏れている。
直人のやつ、帰ってきてるな。
暖まらせてもらおう。
「おーい、直人」
「あ、しんちゃん？開いてるぜ」
声をかけるとすぐに返事があったので、そのままドアを開ける。
部屋の中はすっかりエアコンが効いていた。
暖かいって幸せだ。
「今帰り？」
直人がイスをくるりと回して振り返る。
「ああ。お前こそ、今日はバイトなかったのか？」
「ん〜、まあ、ちょっとね。」
「？」
歯切れ悪いな、珍しい。
いつも早口言葉並みのテンポでしゃべるやつなのに。
何か言いたくないことでもあったんだろうか。
適当に話題を変えてみる。
「それにしても、今日寒いよな。」
「なんか入れようか。コーヒー？」
「ああ、悪いな。」
立ち上がった直人がポットからお湯を注ぐ。
インスタントだってのに、香ばしいいい香りがした。
「砂糖いる？」
「うん。」
なんとなく甘いものがほしい気分だった。
「ほい、コーヒー。それから砂糖。」
「サンキュ。」
手渡された砂糖をカップに入れて、袋をゴミ箱に捨てようとしたとき、ゴミ箱の中に目が止まった。
「直人、この中何か落ちてるぜ。」
小さな包みがいくつかあった。
どこか落ち着いたお洒落な包装紙に金のリボンがかけてあるもの、
また可愛い花柄包装紙にピンクのリボンの物。
ブランドに疎い俺でもわかる程度に有名なマークが付いてるのまである。
「ああ、それ･･･ゴミだよ。」
一瞬、目を伏せた直人の顔に影が落ちる。
「ゴミったって･･･」
どう見ても開けてないプレゼントって感じがするぞ。
「どっちにしろ、俺はいらないから。しんちゃん欲しいならあげるけど。」
ひどく乾いた冷たい声に俺のほうがぎくっとする。
何か違う話題、違う話題･･･。
彷徨わせた視線の先に、さっきのプレゼントから落ちただろうカードがあった。
そこには女の子らしい綺麗な字で「直人くん！お誕生日おめでとう。」と書かれている。
(あっ！)
思わず声に出しそうになるのを辛うじて抑えた。
すっかり忘れてた･･･というか、そもそも知らなかったというか。
そうか、今日は直人の誕生日か。
まいったな。
俺の誕生日の時は毎回直人に祝ってもらってるのに、
俺は直人の誕生日なんて考えたこともなかった。
かといって、知った以上黙っているわけにもいかない。
白々しいのは承知で言ってみるか。
「そういや、今日お前誕生日だよな。おめでとう。」
「ありがとう。やっぱりお前に言ってもらえると嬉しいよ。」
直人の顔がぱっとほころぶのを見ると申し訳ない気になってくる。
それから、直人がじっと俺の荷物を見ていることに気が付いた。
いやいや。これ、ばーちゃんへの土産だし。
お前へのプレゼントとかじゃないってば。
１人焦る俺を尻目に、けれどどうも直人の視線はもう１つの包みに向けられているようだった。
直人･･･、それは福引のハズレ参加賞、だ。
「しんちゃん、それ･･･」
遂に直人から指摘され、俺は今度こそカップを取り落としそうな勢いで焦った。
「いや、これは･･･その、全然大したもんじゃないしさ。」
「･･････。」
そう言っても引く様子がない。
仕方なく残念賞の包みを直人に差し出す。
「しんちゃん、ありがとう。」
そんなに嬉しそうにされるとこっちが辛いって。
「プレゼントって言えるほどちゃんとしたものでも･･･。」
「何言ってるんだよ。お前から貰える物なら何でも嬉しいよ。開けちゃうぜ。」
直人が包みを開ける。
出てくるのは、当然安っぽい小さな花瓶。
ゴミ箱の中のプレゼントとは雲泥の差だ。
けれど、それでも直人は嬉しそうだった。
しきりに眺めた後、机の上に置いてペンを何本か立てたりしている。
「大事にするよ。」
後ろを向いたまま、直人が呟いた。
胸が痛かった。
「・・・うん。来年はもうちょっといい物考えておくよ。」
それはお前のために用意した物じゃない。
ただの景品だ。
なのに、直人はまるでそれが欲しかったと言わんばかりに喜ぶんだ。
もっと心をこめて贈られたプレゼントをゴミ箱に放り投げて。
直人にとっての俺って何だろう？
友人だったら、そこまで誕生日にこだわる必要なんかない。
恋人だったら、誕生日も覚えていない不実をなじったっていい。
きっとそのどっちでもない。
まるで卵から孵ったヒナが初めて見た物に対するようなもんだと思う。
振り返った直人は笑顔だった。
「本当に何でもいいんだぜ？お前が今日くれたってのが大事なんだから。」
それが逆に重かった。
もちろん、その覚悟を決めたからこそ直人の手を取ったんだけど。
俺は頷きながらカップに口をつけた。
まだコーヒーは熱かった。
ＢＡＣＫ
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