| Possibly it was fate that we met. |
「ね？こんな所で会うなんて運命的だと思わない？」
そう言って彼女が笑った。
街中で偶然会っただけだ。
でも、軽く小首をかしげたその仕草が可愛かったから、俺は思い切り微笑んで返した。
「ホント、こんな人ごみの中で出会えるなんて運命で結ばれてるとしか思えないよな。
これから時間ある？どっか行こうよ。」
「うん。」
即答した彼女の肩に手を回す。
そして、まるで恋人のように俺たちは連れ立って雑踏の中へと消えていった。
だけど本当は運命なんて信じてない。
むしろ、これほど馬鹿馬鹿しい言葉もこの世にないって思ってる。
俺が捨てられたとか、そういうのも定められてたって事になるのか？
馬鹿げてる。
だから、信じない。
そんなものは偶然の出来事に、
何か都合のいい理由付けをしたい人間の言い訳みたいなもの。
そして信じないからこそ、俺はいくらでも何度でも誰にでも口に出来るんだ。
『運命的だね』
それはようやく暖かくなってきた3月のことだった。
その時既に県下トップレベルの高校に合格していた俺は、
残りの中学生活をただ退屈に過ごしていた。
クラスメイトの進路にも自分の進路にさえ、これといった興味の持てない日々だった。
そんな中で他の募集書類に混じって教室の隅に貼られていた一枚の紙に気づいたのは、
ほんの偶然だったと思う。
『桃花学院、男子学生募集のお知らせ』
「とうか･･･？」
俺は暫しその紙を眺めながら思わず呟いた。
聞いたことある名前だ。
割と成績がいいのに、制服がすごく可愛くて、女の子のレベルが高い！と専らの噂で、
更に成績優秀なら多少の逸脱は大目にみてくれるらしいという怪しげな噂まである女子高。
それから･･･。
不意に脳裏を初めて会った頃の美紗緒さんの姿が過ぎった。
『こんにちは。あなたが直人くんね？いつも話は彼から聞いてるわ。』
今まで会った誰よりも優しい、どきっとするような笑顔だった。
小さな俺に合わせて屈んだ拍子に、彼女のくせのない長い髪がふわりとかすめ、
シャンプーの甘い香りがした。
可愛らしい制服に身を包んだ彼女は、兄の恋人だった。
「･･･っ」
どうでもいい思い出に俺は一瞬動揺した。
そう、どうでもいいことだ。
思わず紙から目を逸らす。
だけど、どうにも気になって頭から離れそうもなかった。
もう進学先は決まってるのに。
今更変えるなんて言ったら、お義母さん(あの人)がどれだけ騒ぎ立てるかわかったもんじゃない。
とりあえず、県下トップの高校に進学ってのは三好家に相応しいってな理由で、
あの人を少しだけ静かにさせる程度の効力はあったんだけどな。
「・・・・・・・・・。」
僅かの逡巡の後、俺は手を伸ばし募集の紙を壁から剥がした。
もう一度文面に目を通す。
そこには確かに桃花学院の文字があった。
男女共学になるって噂は確かにあったけど、本当だったんだな。
進路に大して興味がなかった俺が気づかなかっただけで。
どのみち今の行き先も共学だし、家から近い以外別に桃花にメリットはない。
ないけど･･･不思議とどうしても行きたい、って気持ちが変わることはなかった。
美紗緒さんの思い出に引きずられているのか、そうじゃないのかもわかりはしないけれど。
とりあえず、思った方に行ってみるか。
「先生、すいませーん！これの詳細知りたいんですけど。」
俺は担任の元へと歩いていった。
それから数日後、俺は晴れて桃花学院にいた。
入試のために。
もちろんのことながら担任にはもの凄い勢いで止められた。
こっちにはどうでもいい事だけど、
学校的にはレベルの高い高校への進学率を上げておきたいらしいな。
そこをはぐらかすのが結構面倒だった。
大した理由もないんだから当たり前といえば当たり前。
あと、受ける前からあの人に騒がれるのは気が滅入るから、
受験費用は自分持ちでこっそりとここまで来たんだ。
「うーん･･･」
俺は入試会場となった教室を眺めて嘆息した。
圧倒的に女の子が多い。
40席ほどある4分の3は確実に女子。
よくよく考えれば、男って今年受ける連中だけなわけだろ？
2年、3年には女の子しかいないって事だ。
「いいよな、それ。」
ライバル少なく、モテまくり？
しかも、受験に来てる子達も結構レベルが高い。
これは幸先いいな。
妙に浮ついた気分のまま配られた問題用紙に視線を落とし、俺はもう一度小さく笑った。
この程度なら楽勝で受かる。
あっちの高校に合格決まってから受験勉強してなかったし、
どうなるかと少しは思ってたんだけどな。
問題は簡単で、俺は試験時間を大幅に残して全問解き終わってしまった。
暇だな。
とりあえず、鉛筆を転がしながら解答用紙を再確認。
それも終わり･･･、窓の外に目を向けた。
暖かな日差しの下、校庭を走る生徒の姿が視界に入る。
当たり前だが全員女子だ。
まだ冬用の長袖ジャージなのが唯一の難点か。
夏ならもっと目の保養になったろうにな。
ん〜、どの子が一番好みかなー。
受かるのは確実だから今から、声をかける先輩方の様子をチェックしとくのも悪くないよな。
いい暇つぶしを得て、俺はうきうきと校庭の女の子チェックにいそしんだ。
そうこうしている間に、何か視線を感じた。
校庭の可愛い女の子、じゃなくて教室内からだ。
まさかカンニングか？
いや、違うよな。
そういうこそこそした感じじゃない。
じゃあ何だ？
俺はそっと視線の先を探る。
そこに居たのは俺と同じ受験生、1人の男子生徒だった。
なんだか複雑な表情で、窓の外と俺の背中とを交互に見ている。
何だろう？
窓の外、女の子･･･それから俺？
しばらく考えてぴんときた。
ご同類か！
俺と同じくとっとと問題を解き終わって、女子チェックで時間つぶししてるってわけか。。
で、きっと向こうも俺の動きに気づいたんだろう。
同類ね･･･。
これだけ早く解き終わるくらいならこいつもきっと受かるんだろうし、
入学したらライバルに･･･なるとやっかいだなあ。
可愛い女の子は出来るだけ俺だけのものであってほしいってのに。
それならいっそ、共同戦線張っておく方が得かも知れないな。
学校に1人くらいはつるむ奴がいたって悪くはないし。
ナンパするなら2人のほうが成功率も上がるし。
うん、そうしよう。
俺は1人で納得した。
テストが終わったら声をかけてみよう。
中学時代、特につるんでた相手もいなかった俺にとって、随分と珍しい偶然の思いつきだった。
それから3年近く、そいつと俺は特に問題もなく付かず離れずの関係で付き合いが続くこととなった。
俺にとってこれだけ長く続いた友人って初めてだったと思う。
そして、随分多くの偶然が重なって今がある。
たまたま、俺が落ち込んでいた時にあいつが傍に居たとか。
たまたま、俺が女の子ともめているときにあいつが通りがかったとか。
たまたま、俺が刺されたときに傍に居合わせたとか。
それは全部偶然だ。
けれど、卒業もだいぶ近づいた冬の日、
俺は偶然の事柄に理由付けしたい連中の気持ちが少しだけわかってしまった。
偶然と呼ぶにはあまりにも、と思いたくなる。
あいつと俺の出会いは特別だ、って。
それでも、俺は『運命』とは呼びたくはなかった。
そんな軽い言葉で言い表したくなんかなかったんだ。
あの日出会った時から、全てが･･･
「そうか･･･偶然じゃないのかもしれないな。」
精一杯の強がりでそう言うと、目の前のあいつはただ優しく微笑んだ。
3年間ずっと見慣れた、安心する笑顔だった。
ＢＡＣＫ
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