| 六月の花嫁 |
「は？」
唐突な一言に頭が付いていかない。
むしろ、体もついていかないのか、俺は口に運びかけていた料理をぽとりと取り落としてしまった。
「な、何？」
すごく簡単な事を言われている気がするのに頭が理解を拒む。
「だから、私たち結婚するの。今年の6月に。一番初めに、直人君に言っておこうと思って。」
美紗緒さんが柔らかく微笑む。
笑え、笑えよ、と自分に気合を入れて出来るだけ不自然でないように笑みを浮かべる。
「おめでとう！美紗緒さん、兄貴。」
3人で食事、なんて久しぶりだった。
ガキの頃は割とあったけど俺ももう高校生だし、兄貴と美紗緒さんは二人とも働いているから
二人が普通にデートする為の時間をあけるだけで精一杯でわざわざ俺を呼ぶ事なんて無かった。
だけど、その日は「3人で食事をしよう」と言われて・・・。
俺は嬉しくてその日入っていた女の子との約束を全部すっぽかした。
ついでにクラスの奴から「随分嬉しそうだけど、良い事でもあったのか？」なんて突っ込みもいれられた。
その結末がコレ。
二人は結婚するんだ。
高校時代から付き合っていた二人だから、それは当然といえば当然だけど。
ずきずきと胸が痛んだ。
ああ、やっぱりという思いは落胆に似ていた。
もう何も期待していないはずなのに、しつこくあの「約束」を覚えいてた俺は
どこかで少し願っていたのかもしれない。
『私たち、ずっと一緒ね』
そんな一言を。
それが叶えられる事を。
多分、覚えているのは俺だけなのに。
「それでね、せっかくだし直人君のお友達も呼んで欲しいの。」
美紗緒さんの言葉で我に返る。
「友達？」
「ほら、何度も一緒に旅行に行っただろう。」
「ああ・・・。」
女の子達と一ノ瀬の事か。
多分、彼女達なら来てくれるだろう。それから一ノ瀬も。
あいつ、冷めてるけど案外義理堅そうだからな。
「わかった。伝えておくよ。」
「ご祝儀とかそういうのはいらないからな。まだ皆学生なんだし。」
「はーい。それにしても美紗緒さんのウェディングドレス楽しみだなー。きっと綺麗なんだろうな。」
「ふふ。ありがとう。当日を楽しみにしていてね。」
二人ともすごく幸せそうだったから、俺は努めて明るく振舞った。
本当は苦しくて苦しくて大声で叫び出したいような気分だったけれど。
そして、当日。
憂鬱な俺の思いとは裏腹に快晴。
天気まで二人を祝福してるってのか、と八つ当たりしたい気分になる。
式は街の教会で行われる事になっていた。
ステンドグラスが綺麗で女の子が喜びそうな雰囲気の場所だから
俺も何度かデートで来た事があるけれど、今日だけは来たくなかったというのが本音だった。
そうこうしているうちに予定の時間になって一ノ瀬と女の子が現れた。
二人を式場に案内しながら、俺はそっとできるだけ不自然でないように姿を消す。
あくまでもほんの数分席を外します、という顔で。
式には当然あの人・・・義母さんもいる。俺が同席するのは良い気分じゃないだろう。
だから、俺は式を途中で抜け出した。
もっとも、それは言い訳で本当は幸せ一杯の二人を見ていたくなかったのかもしれない
・・・多分、そうなんだと思う。
重い足取りで階段を上り、バルコニーへ出ると六月の少し湿った風が頬を撫でた。
ここなら式場に近いから終わったらすぐ戻れるし、丁度良い。
柵に身をもたせかけてただぼんやりと空を見上げた。
「ふう・・・。」
思わずついたため息は予想外に重かった。
二人は今頃『永遠』を誓い合っているんだろう。幸せでいいことだ。
そして・・・また一人、俺だけ取り残された。
また、捨てられたんだな。
捨てたという自覚すら向こうにはないだろうけど。
ああ、もう、本当に・・・縋る場所は無いのだと思うと辛かった。
『私たち、ずっと一緒ね』
まだ、小さい頃、美紗緒さんが言った一言。
有り得ないとわかっていても、その言葉はずっと俺の中で大事な宝物のように残ってた。
もしかしたら、そんな事もあるんじゃないかって期待してたんだ。
俺にも家族が出来たみたいで嬉しかった。
だけど、今日二人は永遠を誓い合って、その永遠に俺は入れない。
二人が作る新しい家族。家庭。
きっと幸せなものになるだろう。
いいことだと思うのに、取り残されたという思いにとらわれて祝福できそうになかった。
誰も俺を必要としないし、探さない。
外は暖かいのに心だけがどんどん冷えていった。
と、その時背後から声がした。
「おい、直人。」
名前を呼ばれて一度心臓が大きく跳ね上がる。
誰だよ、こんなタイミングで。
「あ、一ノ瀬。」
振り返って視界に入ってきた見知った姿に俺は少なからず驚いた。意外だった。
一ノ瀬慎也。
高校入ってからなんとなく気が合ってつるんでる奴。
妙な事でムキになったり子供っぽかったりするけど、基本的に冷めていてそれが付き合いやすかった。
干渉しない。詮索しない。都合のいいときだけお友達。
そんな一ノ瀬がどうやら俺を探しに来たらしい。
しかも、気分でも悪いのかなんて気遣いまで見せて、一人にしてくれというのに立ち去る気配がない。
今まで俺はコイツのおせっかいだの世話焼きっぷりは女の子相手にのみ発揮されるものだとばかり
思ってきたけれど、弱ってる人間はとりあえず放っておけないタチなのか？実は物凄いお人好し？
でも・・・、何故か今はそれが心地よかった。
俺のことをわざわざ探しに来てくれる奴がいて、そいつは物好きにも俺を心配して側にいてくれるわけだ。
うーん、悪くない。
男だし、冷めてるし、何考えてるかいまひとつわかんないけど、イイヤツだ。
「いつまでつるんでいられるのかな、俺達。」
ずっとバカやって一緒にいられたらいいなんて不意に思う。
今までこんな気楽で、こんなに長く続いた奴っていなかったし。
「とりあえず、高校卒業までは付き合いが続いてるんじゃないかとおもうぜ、否応なくな。」
対する一ノ瀬は相変わらず冷めてたけど。
大体、否応無くってなんだ、否応無くって！
きっと一ノ瀬はどこにいったって友達の一人や二人、簡単に作ってしまうんだろう。
「あーあ、永遠なんてこの世にはないってか。」
「何言ってんだ、おまえ。」
呆れながら一ノ瀬が笑う。
見慣れたはずのその笑顔は、ひどく暖かかった。
一ノ瀬ってこんな奴だったっけ？
こんなに暖かくて、側にいると安心するような奴だったけ。
気付くと先程までの冷え冷えとした思いはいつの間にか消え去っていた。
ＢＡＣＫ
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